恐ろしい、「中国美術市場」。

昨日は、オークションで売れなかった作品を頑張って売った。

これは「アフター・セール」と呼ばれ、エスティメイトよりも安く売る事に為るが、それでも売りたい顧客もいるので、意外と成立するのである。昨日は10万ドルつけて売れなかった屏風が9万ドルで売れたり、結構な商売が有った…「吉野山図」も今頑張ってやっている最中である。

氷点下まで気温が下がった夜は、中国陶磁器の老舗「繭山龍泉堂」の田中君と、食事。彼と長く話すのは初めてで有ったが、「等伯」を卒論にしたと云う彼とは、日本美術の話で盛り上がり、意見も色々と一致し非常に楽しかった。例えば先日の「等伯展」で、一番好きだったのは「松林図」では無く、実は智積院の襖絵「楓図」だったり、先年の「永徳展」では絶対的に「檜図」が一番、そして桃山期最高の絵画は、もしかしたらMETに在る山雪の「老梅図」なのでは無いか…等など。趣味が会う人との話は、本当に楽しいものだ。

さて、「中国美術」である。

先ずセールを先に開催したサザビーズだが、思ったよりもかなり売れた。247点中188点売却し、売り上げ総額は1440万63ドル(約13億2400万円)。最高価格は清朝の画家「八大山人」の掛軸、紙本墨画「石上九官鳥図」で、40-60万ドルのエスティメイトに対し、何と299万4500ドル(約2億7550万円)で売れ、「アメリカで売られた中国絵画」の価格としては新記録であった…クリスティーズのセール迄の「2日間」は(笑)。この作品はサイズも105.4x36cm.で決して小さい作品では無いが、余白もかなり多く、そして「八大山人」ですからね…(異論も有ると思いますが)…それにしても高い(笑)。

サザビーズが思ったより良かったので、クリスティーズにも当然期待が出たのだが、それもその筈、クリスティーズは今回通常の「中国美術」セールの他に、「Robert H. Blumenfield Collection」(文人文房具)と、そしてもう1つ、過去にも何回か売りたてをやっており、今回が最終回の「Arthur M. Sackler Collection」(中国美術一般)の2つの個人コレクション・セールを予定していたからだ。

結果から云えば、もうスゴイなんてものでは無い。先ず初日の「Blumenfield Collection」は、157点中111点売れ、何と1386万6500ドル(約12億5700万円)の総売り上げ。最高価格作品は、こちらも清朝の画家「禹之鼎」作、絹本著色の巻物「禅悦図」で、12-15万ドルのエスティメイトに対し、何と344万2500ドル(約3億1670万円)で売却、サザビーズの八大山人の記録を2日間で破った。

次に「Sackler Collection」。こちらも凄く(もう「凄い」と云う言葉は使い飽きたが…)、82点のオファーで略全部(79点)売れ、総額400万5250ドル(約3億6800万円)。事前の総エスティメイトが100-150万ドルで有ったのだから、これも「バカ売れ」であった。このセールの最高価格作品は、10-12世紀頃の作と思われる石造の菩薩像で、91万4500ドル(約8400万円:エスティメイトは30-50万ドル)であった…しかも「インター・ネット」でのビッドで有った(驚)。

そして最後の通常の「中国美術セール」であるが、これも「凄い」なんてモノでは無く、372点中322点売れ、総額2260万5250ドル(約20億7920万円)を売り尽くしたのだ(もう唾が出る勢いである…笑)!!最高落札価格作品はカタログ・カヴァー・ロットで有る、18-19世紀の白玉の「如来坐像」で15-20万ドルのエスティメイトに対し、232万2500ドル。もう「落札予想価格」等何の意味も無く、「何が何だかわからん」てな感じで有る。

結局クリスティーズの中国美術部門は、2日間で4047万7000ドル(約37億2400万円)を売り上げ、ニューヨークの中国部門としては、史上最高の売り上げを記録した。そして今年の春の「ASIA WEEK」に於ける、当社「アジア美術部門」(中国、日本・韓国、東南アジア各部門)の売り上げ総額は、4日間で5993万6375ドル(約55億1400万円)…この数字は、2008年の春に次ぐ史上第2位の売り上げ成績であった(因みに史上1位の「2008年春」には、例の伝運慶作「木造大日如来坐像」が有り、通常4-5億円の日本・韓国美術セール売り上げが、その時は20億円に跳ね上がったからである)。因みにマーケット・シェアは73%で、ハッキリ云ってクリスティーズの「1人勝ち」で有った。

さて、この結果から何が見えて来るで有ろうか…。「私見」を述べてみよう(会社の意見では無い。念の為)。

先ず、今年は多分ボーナスが出る(笑)。それから「中国本土」の勢いは未だ衰えず、それ所か益々増している。しかし「『陶磁器』マーケット」は、他の分野(「玉」や「ブロンズ」)に比べて、少々弱く為って来た気がする…もう「お腹一杯」なのか?そして「『玉』マーケット」は去年の秋以降、恐らく中国本土に居ると思われる「大コレクター」が出現しており、これはそれ以来「『玉』の価格」が信じられない位に上がっている事で判る。

そして最後に、「『エスティメイトの意味』が無くなりつつある」と云う事だろうか。カタログを見て、綺麗な「翡翠」の腕輪を買おうと思い、エスティメイトが7-9000ドルだったので、12000ドルの入札をして楽しみに待っていても、落札結果が22万ドルだったりすると、その人はもう二度とビッドしないであろう…(涙)。こう云った状況は、早く何とかしなくてはならない。

中国人のバイヤーは、日本人を含めた他国の人々と全く異なる。通常「美術品」と云うモノは、その「品質」に対して「値」が付くのだが、今の中国美術マーケットでは「付いた値」が、そのまま「品質」に為ってしまっている…これは、筆者からすると本当に恐ろしい事なのだ。

「中国」の勢いは、何の分野でも止まらない。しかし美術品を「投機」と考え、「品質」以上の価値をつけてしまっている今の中国美術市場は、余りに恐ろしい。そして森羅万象「永遠」と云う事は無く、何時の日か必ず「クラッシュ」する日が来るのだと想像すると、こんなに売り上げた晩ですら「寝つき」が悪くなるのも、或る意味当然だろう。

中国美術市場は、今までの様に「恐るべき」では無く、「恐ろしい」マーケットに為りつつあるのだ。