「花降る絵画」と「魂の力」。

昨日は、仕事を休んだお陰で、2つの「正反対の」素晴らしい芸術に触れる事が出来た。

昼食は久々に「神田藪」で、何時もの「せいろ」と「天たね」。食事後は銀座に出て、安藤七宝店で開催中の、「創業130年特別展」を観る。9月のオークションに出品される作品とそっくりのモノも有り、興味を惹いた。

銀座を後にし、今度は庭園美術館で開催中の、「没後25年 有元利夫展 天空の音楽」へ。

結果から云うと、この展覧会は、本当に素晴らしい!それは、先ず有元の作品が、最初からこの邸宅に掛かっていたのでは無いかと思える程の「建築との親和力」、そして勿論有元作品の持つ、一見静かに見えるが、実は恐ろしい程の冷徹さと、全くぶれない強いメッセージ性の賜物である。

若かりし頃、有元利夫の作品を知って以来、筆者の数千冊に及ぶアート・ライブラリーに唯一存在する日本近代画家の「全作品集」は、有元の「それ」だけである。そして筆者が有元作品を観て何時も感じるのは、彼の絵画から匂い立つ様な「音楽」、「予兆」と「エクスタシー」であり、しかもそれ等は、決して直接的では無いが、須らく「死」を感じさせるのだ。

この展覧会は、正にその美しくも悲しい、「音楽と予兆とエクスタシー」に溢れて居る…「星の運行」、「オラトリオ」、「春」、「真夜中の占い」、「ある経験」、「案内」、「望郷」等、展示作品中好きな作品は数多いが、上記作品の殆どに「降る花びら」は、その最たる物と云えると思う。この夏、必見の展覧会の1つである。
さて「有元」を堪能後の夕食は、作家の平野啓一郎氏から強力に薦められたドキュメンタリー映画を、新宿のレイトショーで観るその為に、「敢えて」焼肉にした。何故なら、言い訳がましいが、そのドキュメンタリーを観るには、「パワー」が必要だろうと、幸いにも妻と同意したからだ(笑)。

そのドキュメンタリー・フィルムとは、「ザイール'74、伝説の音楽祭 『ソウル・パワー』」。時は1974年、ザイール(現コンゴ)の首都キンシャサで行われた、モハメド・アリジョージ・フォアマンのボクシング世界ヘビー級タイトルマッチ(アリが勝ち、「キンシャサの奇跡」と呼ばれる)に先駆け、3日間に渡り開催された、「ブラック・ウッドストック」とも呼ばれる「黒人音楽祭」の記録映画である。

出演者は、「ゴッドファーザー・オブ・ソウル(GFOS)」ことジェームス・ブラウン&J.B.'s、「ブルースの神様」B.B.キング、「サルサの女王」セリア・クルス、「南アフリカの闘士」ミリアム・マケバ、その他にも先日ニューヨークのブルーノートで観た、ジョー・サンプル率いるクルセイダーズ、ディスコ世代の筆者には懐かしいスピナーズやシスタースレッジ、そしてビル・ウイザース等の豪華キャストである。そしてこのキャストを観て判る様に、この音楽祭はアフリカ出自のジャズ・フュージョン、ソウル、サルサ等を網羅した、云わば「凱旋」音楽祭だったのだ。

映画中のミュージシャンのパフォーマンスは、本当に素晴らしいの一言。あの1974年当時に、自分達の「ルーツの地」で行うライヴに、力が入らない訳が無い。虐げられて来た黒人とその音楽、しかしその音楽が「金」になると解った日から、彼らの音楽はその強力なメッセージを、初めて「外に向けて」発信する様になる。この記録映画もその「パワー」全開で、筆者は体を動かさずには居られなかった…観たのが新宿でなく、ハーレムやLES(ロウワー・イースト・サイド)だったら、立ち上がって間違い無く「バンプ」か何か踊っていたに違いない(笑)。

もう一点重要なのは、この映画にはアリ自身とプロモーターのドン・キング、音楽祭制作スタッフや投資家等も出演しており、その中でも当然と云えば当然だが、取分け眼を惹くのがアリの言動である。

しかしアリと云う人は、何と「眼から鼻に抜ける」顔をしているのだろうか。頭が良く顔も良く、口も立ち、世界チャンピオンで革命家でもある「王」が、映像の中で繰り広げるその言動は、しかし時折ミュージシャン達へのイラつきを含み、自分が黒人世界の最高代表者としての力を見せつけながらも、「ブラック・ミュージックの母国」、アフリカへの「『再』伝道師」としてのミュージシャン達の姿に、ある種の驚異を覚えているのが、見えるからだ。

試合がフォアマンの怪我で延期になったのにも関わらず、そもそも自分の試合の「為に」若しくは「便乗して」企画された筈の音楽祭が、あれだけの数のザイール人をスタジアムに集め、そしてその熱狂振りを見れば、自身の力のみで孤独に闘い、世界を変えようとして来たアリに取っては、「音楽」の持つそのパワーに対する驚異と焦りも、当然だったのかも知れない。

いずれにせよ、この「ソウルパワー」のパワーは、スゴい。こう云っては何だが、最近のJポップに聞く甘っちょろい歌詞等とは正反対な、人間のアイデンティティーの根幹を問う音楽に触れる事ができる。また、映画のパンフレットが、これまたマニアックで素晴らしく、驚くべきは、劇中の「字幕」が全て採録されて居る事で、聞き逃したアリの名台詞も、後で確り確認出来るし、有名人お薦めソウル・アルバムや、観た帰りに寄れる「ソウル・バー・ガイド」迄付いて居る(笑)。

映画の最後、JBと一緒に「I'M SOMEBODY!」と叫べたら、もう貴方は立派な「ブラザー」(笑)…「魂の力」に触れたい者は、渋谷の「アップリンク・ファクトリー」に急げ!

(新宿K'Sシアターでの上映は、昨日で終った模様)