ピナ・バウシュの「水の舞台」:"VOLLMOND"@BAM。

昨晩は、BAM(Brooklyn Academy of Music)のHoward Gilman Opera Houseで行われた、Tanztheater Wuppertal Pina Bauschピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踊団)の「Vollmond」(Full Moon)を観に行った。

この舞台は、昨年惜しくも亡くなったドイツ人コンテンポラリー・ダンサー兼コレオグラファーピナ・バウシュに拠る2006年度の作品だが、客席前列の人が濡れてしまう程「水」を大胆に使用する事で、前評判も上々である。筆者に取ってピナ・バウシュとは、唯一、云う迄も無くアルモドヴァルの映画「Talk to Her」の冒頭シーンに尽きるが、その本物の舞台を観るのは勿論初めてで、現代舞踊に詳しい妻の教えを乞いながらの観劇となった(有り難や…笑)。

劇場に着くと、既に超満員の人でごった返し…人気の程が伺えるが、ふと見るとイザベラ・ロッセリーニの姿も。美しく年を取って来ているこの女優は、流石ロッセリーニとバーグマンの娘だけ有って、アート・マインドが強いのだなと妙に納得したりもした。

さて舞台に目を遣ると、大きな「巌」がドンとあるのみ…そしてこの巌は、正しく池大雅の描く巌の様(笑)でシンプルなセット。プログラムを見ると、日本人や中国人のダンサーも入っているが、彼らのダンスはどうだろうか?

そして「Vollmond」が開演。

満月の夜…空のペットボトルを使ったオープニング、男性同士のダンスから男女のペア・ダンスへと徐々に移行する。キスや抱擁等のボディ・コミュニケーションを多用し、男女の出会いと別れ、肉体と精神の結合と離脱を思わせる、時にはコミカルで時にはシリアスな振付の連続。そして舞台には雨が降り始め、女性のソロ・ダンスが始まるのだが、これが事の外美しい。途中「道化役」の様な中年の女性ダンサーが時折出てきて笑いを誘うが、如何にもヨーロッパのキャバレー・コメディ風な演出で、この舞台に本当に必要かどうか少々疑問が残ったのだが、如何だろうか…。

降りしきる雨、そして舞台中央部に溜った水上を泳ぐ(匍匐前進する)ダンサー達。色々なパターンでの男女の機微を、「水」を通して表現する。そして最後の20分間、ダンサー達はバケツを持って水を掛け合い、舞台を縦横無尽に疾走し、ずぶ濡れとなって踊り続け、「命」を謳歌する。この水と「一度も舞台上に登場する事の無い」満月(水面に辛うじて映し出されるが)、そして「干潮」と「満潮」との関係性は、色々な意味で当然非常に「女性」的である訳だが、そこに男性が介在する事に因ってその「生命力」が倍増するのは必然、物凄いパワーと凄まじい迄の「生命讃歌」のカタルシスで、この演劇的・喜劇的な現代舞踊の素晴しい舞台は幕を閉じた。

公演が終わると、観客からはスタンディング・オベイションと喝采の嵐…何しろ、30分のインターミッションを挟んでの2時間半全く飽きる事が無い。そして使用された音楽も、トム・ウェイツから三宅純迄多彩で、特にザアザアと降る雨の中での2人の「非常に」小柄な女性ダンサーに拠るソロ・ダンスと、其処で掛かる曲々は幻想的で美しかった。唯一注文が有るとすれば、メインの2人の女性ダンサーが東洋系で非常に小柄で、個人的には西洋人女性ダンサーの、より成熟した女性的な体でのダンスも見たかった気がしたのだが、それは贅沢と云う物だろう。

満月が決して姿を見せない、水の舞台…ピナ・バウシュの才能を堪能した一夜であった。