「桃李不言 下自成蹊」、或いは惜別・坂本五郎氏。

リオ五輪が終わった。

開幕当初はバカにして居た今回の五輪だったが、卓球とバトミントンを始め何ともエキサイティングで、夏バテと寝不足を併発。

然し吉田沙保里選手を「霊長類最強女子」とはかなり失礼、と思うのは僕だけだろうか?「霊長類最強」は当然ゴリラなのだから、それを知って居て彼女をそう呼ぶのは、失礼以外の何物でも無い。

そしてその感動の多かったリオ五輪での「日本」を台無しにしたのが、ドラえもんと最後の最後でスーパーマリオに扮した我が国の首相だ。何と情けない、下らない、子供じみた演出だったのだろう(嘆)。聞けば、このマリオは森喜朗の発案だったとか…然も有らん。然も今回の「ビデオと本人」って云うアイディア、ロンドンの時の真似じゃないか?

そもそもこの「ハンドオーヴァー」は、都市としての東京の宣伝すべきモノなのだから、首相個人の知名度等どうでも良いのに、このエゴ・パフォーマンスにはウンザリするしか無い…こんな調子じゃ、4年後のオープニングも、矢張り全く期待出来ません。

そんな中、一代・不世出の古美術商「不言堂」こと坂本五郎氏が亡くなった…92歳だった。

僕と坂本さんとの思い出は尽きない。そもそもは亡き父が坂本さんと交流が有り、それは1973年にロンドンのサザビーズで、元時代の壺を中国陶磁器として初めて1億円以上で落札する等、中国陶磁器を専門として居た坂本さんが、翌年に同サザビーズで開催されたアンリ・ヴェヴェールの浮世絵コレクション・セールに参加した頃だったらしい。

そのセールで坂本さんは、懐月堂の墨摺大々判や写楽の相撲&役者版下絵や大首絵、細判三枚続等の重要作品を購入したが、これは当時海外オークションでは当たり前だった、日本人の業者達の間で取り交わされた「談合」入札に対する反抗行為でも有ったのだ、とは生前のご本人の弁。

そんな反骨精神の有った坂本さんは、その後も浮世絵や風俗画を収集し、僕も一度上記名品を含む浮世絵版画コレクションの売り立てを任された事も有ったが、僕が大切に思う坂本さんとの思い出は、実は仕事よりも寧ろプライヴェートでの付き合い方に有る。

僕が若い頃、父と坂本さんの小田原の家に行くと、その後も僕がお邪魔する度に何時も美味しい「お汁粉」を作って呉れた優しい「お母さん」(奥様)の手料理で歓待して頂き、酒飲みの坂本さんと父は、杯を交わし続けた。その間酒が飲めない僕は、坂本さんと父との間で交わされる昔のコレクターの話や展覧会の話に耳をそば立て、必死にその「情報」を頭に入れた。

そして仕事も慣れて来た或る日、小田原の自宅の縁側に座って夕涼みをしながら、酔って顔を赤くした坂本さんは僕にこう云った。

「モノを見る眼は人を見る眼、人を見る眼はモノを見る眼だぞ!」

一流のモノだけを見て勉強する。そして一流の人とだけ付き合う。「一流」を知れば、一流に欠けている何かが有るそれ以下(二流・三流)が分かるが、二流を見続けると、一流も三流も分からなく為る。三流も等は推して知るべし…坂本さんのこの一言は、今でも僕の座右の銘で有る。

また坂本さんが最後にロンドンに行った時に、何時もの様に蝶ネクタイをし、帽子を被った坂本さんと一緒に乗ったロンドン・キャブの中で交わした会話は、こんな具合だった。

「然し坂本さん、お元気ですねぇ…」
「おい、桂屋さん、長生きの秘訣を教えてやろうか?」
「はい、是非お願いします!」
「ひとつ、自分の好きな事しかしない事!」
「成る程!」
「ふたつ、人の悪口を言う事!」
「えっ!悪口を言うんですか?」
「そうだ!然も本人の目の前でだ!」

成る程ストレスを溜めない、と云う事なのだろう。そう言われれば、僕も良く「バカ!」とか云われた物だ…今は自分の店の者以外に、そんな事を云える骨董商も居ないのでは無いか。

戦後、乾物の行商から始めた坂本さんは個性が強く、モノへもお金にも執着が強かった為、敵も多かったに違いない。然しその人間力は並外れて居て、海外オークションでの大活躍も含め、日本骨董界屈指の立志伝中の古美術商と為った。

その坂本さんが逝って仕舞った。坂本さんの事は嘗て「私の履歴書」にも書かれたし、それが単行本「ひと声千両:おどろ木桃の木」にも為ったから、僕が多くを書く必要も無いと思う。

なので、最後に一つだけ。坂本さんが、自分の店に付けた名前は「不言堂」…これは司馬遷の「李将軍列伝」で引用した、「人徳者の周りには、その人を慕って自然と人が集まって来る」と云う意味の諺、

「桃李不言 下自成蹊」(桃李ものいわざれども、下自ずからみちをなす)

から取られて居るのだが、声が大きく、ノって来ると気迫満点に饒舌に為った坂本さんとは一見イメージが異なる。

然し、この店名=号は当に坂本さんの生き方で有った。そしてそれは、現在骨董業界で重鎮として、或いは目利きとして活躍する、数多くの弟子達の存在が証明して居るのだ。

野球の世界で「名選手が名監督に為るとは限らない」と良く云われるが、骨董の世界でもまた然り。が、如何なる有名古美術店出身の骨董商の中でも、坂本さんのお弟子さん達は皆優秀且つ個性的な人が揃って居る。

嘗て骨董の世界では、「教えない」教育が当たり前だった…「盗ませる」ので有る。物言わなくとも、教えは何時も「そこ」に有る。そして時代は変わり、今はそんな「丁稚制度」を取る店も無くなったが、その精神だけは僕らの世代が後代に残して行かねば為らない。

坂本さん、大変お世話になりました。そして、本当に有難うございました。

「お母さん」と一緒に、どうぞゆっくりとお休み下さい。


*お知らせ*
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