浪速の美術館と茶碗:観覧紀行。

最近頭に来る事が2つ。

先ずはニューヨーク赴任中に金銭的不正行為でクビになった、Hと云う元民放アナウンサーのブログ。「人工透析患者を殺せ」と云う内容がネットで炎上して居たので(序でに内容を取材した訳では無く、コピペとの噂も)、 僕も読んでみたのだがこれは幾ら何でも非道い。

こう云う人の存在を許し続ける日本のメディアには虫唾が走るし、殺されるべきは透析患者では無く、即刻メディアの世界で、このHの様な者こそ抹殺されるべきでは無かろうか?本当に日本人は、何故芸能・メディア界に甘いのだろう?そもそもHが勤めて居た放送局が、彼が不正を働いた時にクビにせず、降格処分に留めた事自体甘過ぎるのだから、どう仕様も無い。

もう一つは、集団レイプをした東大生に執行猶予が付いた事と、退学処分にすら為って居ない事だ…ったく、此奴らが平然と街を歩き、而も我々の税金を使って居る東大生で有り続けるなんて、甘い判決も此処に極まれりではないか?どっちも全く以って堪えられん。

そんな怒り心頭の中、Asian week後のワタクシはと云うと、ニューヨークに来て居たアーティストT氏や此方在住のS氏と食事をしたり、ジャパン・ソサエティーでの川口隆夫の舞踏公演「大野一雄について」を観劇したり。

そして展覧会サーフ活動も復活…Koichi Yanagiの秋の展覧会で珍しい狩野派徒然草図」屏風を観たり、Taka Ishii Galleryで関根美夫展を観たり。久々に向かったチェルシーでは、Gagosianでリチャード・セラ、Mary Booneでの五木田智央、PaceでのMichal Rovner、Davis ZwirnerでのOscar Murilloを楽しむ。五木田作品は完売で大人気だったが、個人的にはあんなにシンプルに見える作品なのに何時も美しく、「気品」すら漂うセラの作品が大好きだ。

そんなこんなで一昨日、幾つかの重要案件の為にNY〜シカゴ〜成田という経路の無料航空券で来日をしたのだが、その行程はトラブル続き。が、結局は路線を変えたりして、何とか1時間の遅れで成田到着し、家に辿り着いたのは夜中の12時前。

その後粗3時間睡眠の後、僕は5時起床で朝イチの飛行機に飛び乗ると、岡山県美で始まった「浦上玉堂と春琴・秋琴 父子の芸術」展の開会式・オープニングへと向かった。

本展には「マネージメントの神様」、P.F.ドラッカー博士の日本絵画コレクション中の玉堂3点が出展されて居て、作品と共に博士の娘さんが来日して居る事で僕も駆け付けた訳だが、オープニングではドラッカー女史を始め県美の守安館長、千葉市美の河合館長や、林原美術館の長瀬代表理事、東大の佐藤教授等にご挨拶頻り。

展覧会には250点を超える作品が並んで見応え充分、文人画そして箏曲に関わる趣味人たる親子の芸術を知るには十二分。現在道路のマンホールの会社を経営されて居る、玉堂末裔の浦上家の強い協力で実現したこの展覧会は、この後千葉市美に巡回する。

その後岡山を後にし、向かったのは大阪…大阪では幾つかの重要ミーティングや食事を熟すが、此処でも間隙を縫って2日間で5つの美術展に行ったので、今日はその事を。

先ずは、大阪市立美術館で開催中の「デトロイト美術館展」。思い起こせば、僕がデトロイト美術館に行ったのは、もう5年も前の事(拙ダイアリー:「デトロイトの産業」参照)…その時の記憶はディエゴ・リヴェラの大壁画「デトロイトの産業」に尽きる訳だが、今回の日本展では勿論壁画は来て居ないが、然し19〜20世紀ヨーロッパ絵画の名品が目白押しだ。

大阪市美の重厚な造りは、ヨーロッパ絵画に良くマッチして居て、その中でも僕が特に気に入ったのはゴーギャンゴッホの自画像、そしてジャーマン・エクスプレッショニストの作品群。決して大きくは無いが、濃密な色彩の自画像二題はそのモデルの内面を確実に映し出す、誠に素晴らしい作品だった。

2つ目の展覧会は、大阪市美から歩いて直ぐの高層ビルに在る、あべのハルカス美術館で開催中の「大妖怪展」。此方は東京展を見逃して居たので、グッタイミン!

出展作品は土偶から「妖怪ウォッチ」迄幅広いが、驚いたのは以前僕が扱った北斎の六曲一双の貼交屏風が離れ、何と掛軸装に為ってその内の2点のみが出品されて居た事。が、それ以外にも旧知の全生庵蔵の幽霊画、辟邪絵や六道絵等の重要絵画、抜群の摺りの北斎「百物語」等、素晴らしい作品が並んで居た。

3つ目は、中之島大阪市立東洋陶磁美術館で開催中の「朝鮮時代の水滴」展。僕は以前から個人的に李朝水滴に愛着を持って居て、それは「掌の美」的愛着だったのだが、今回の展覧を観てその愛着は数倍に増大した!

両班の必需品で有る水滴には数多の種類が有り、大きさや用途が有るのは仕事柄良く知って居た積りだったが、此処までクオリティが高く豊富な種類を観ると、その美しく時に個性的で、用の美を追求した芸術性に改めて感動する。

4つ目は、湯木美術館の「茶道具と和歌ーものがたりをまとった道具たち」。1555年に武野紹鴎が「小倉色紙」を茶室に持ち込んで以来、和歌と茶の湯の縁は切っても切れない…その関係性を保って来た茶道具の展覧会で有る。

乾山や魯山人迄並ぶ中でも、矢張り僕の眼は如何しても茶碗へと向かう…茂三作「御本茶碗 歌銘時しらぬ」や柿の蔕の名碗「藤波」、アジが凄い古唐津茶碗「富士」等涎が出るモノばかり。而も「藤波」と「富士」は熟く「茶を飲みたい」と思わせる茶碗で、吉兆さんの趣味が良く出たモノでは無かろうか。矢張りショウケースの中で見るより、茶室で観たい、飲みたい茶碗で有った。

そしてラスト5館目は、藤田美術館…この藤田美術館所蔵のマッシヴな青銅器や絵画を中心とした「中国美術品」の売立が、来年3月にクリスティーズ・ニューヨークにて開催される事に為ったが、詳細は11月に発表する予定。

国内の私立美術館としては国宝・重文を最も多く所蔵する藤田美術館が、今回所蔵品売却の英断をした事は、嘗て根津美術館が所蔵する清朝時計をクリスティーズ香港で売却した時の事を思い出させる。そしてそれはこの秋クリスティーズ・ニューヨークが開催した「メトロポリタン美術館」セールが良い例で、その理由は収蔵品の修復や新収蔵品の購入、或いは建物の建替え等の為の資金調達を目的とした所蔵品売却で有り、外国の美術館では「当たり前」の事なのだ。

今回のMETの様にこれからは日本の美術館も、例えば重複して居る作品や収蔵コンセプトに合わない作品を処分し、スリム化する事に拠って、保険額や収蔵費用を節約すると云った「実」を採る方策で活動して行かねばならないのでは、と僕は切実に感じて居るので、日本の美術館も根津・藤田両美術館の様に「意義有る『deaccession』」を慣例化して貰いたい。

さてその藤田美術館の今回の展示は「桃山から江戸へ」と題された収蔵品展で、此処でも茶道具の名品達が並ぶが、矢張り眼が離せなくなるのは茶碗。珍しい割高台の志野茶碗「朝暘」、長次郎「まこも」や黒刷毛目の御所丸茶碗「夕陽」も良いが、何と云っても垂涎はこの二碗…則ち光悦の赤楽茶碗「文憶」と古井戸茶碗「老僧」だ!

「文憶」は鷹峯のお寺に伝来したと云うが、こんなにひしゃげた形なのにその釉薬と発色は抜群で、謂わば「乙御前」の兄妹茶碗の体。然し光悦と云う人は、こんな形でも割らずに残した所を見ると、この様な形状は矢張り偶然の産物等では無く、意図的な「光悦デザイン」の結果なのでは無いか?…鷹揚とした、何とも魅力的な茶碗で有る。

そして「老僧」。僕が知って居る如何なる茶碗の中でも最も好きな一碗で、それこそ「一生に一度で良いから、このお茶碗でお茶を頂きたい!」と云う叶わぬ夢を持って居るのだが、ショウケースの中で佇むこの「老僧」に、濃茶が入って居るのを想像するだけでも涎が出るのだから、もう病気…(笑)。

井戸としては個性的な造りのこの茶碗に、「老僧」と銘付けた織部も凄いが、古井戸茶碗の方が実は大井戸茶碗よりも魅力的に思えるのは、決して僕だけでは有るまい。それは古井戸の小粒でピリッと締まった「山椒」感覚が、例えば「六地蔵」や「はつ霞」、「紅岑」等にも存在する、得も云われぬ侘びのアジを感じるからだろう。

浪速の「ウリ」は、何も食い倒れだけでは無い。文化の歴史とその財産、そしてそれを引き継ぐ数寄者と美術館が存在する…そして、それを楽しまない手は無い。


−お知らせ−
*10月17・24・30日の3日間、渋谷のアップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2014/art/works/18aj_Searching_for_Eur-Asia/)が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

*10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙突」と題されたレクチャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

*12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf