最後は「南洲遺訓」で。

8月も気が付けば、もう後1週間弱…と言う訳で、今回は今月経験した「藝術覚書」を。


ーアートー
・棚田康司「全裸と布」@ミズマ・アート・ギャラリー:棚田康司の新作展はキリスト教彫刻、或いは日本の神像を思わせる程、何故か知らねど「神聖さ」をも感じさせる一木造りの女性裸体木彫群。大作も良いが、彩色された女神像群の様に見える女性のバストアップの彫刻シリーズが魅力的…ウーム、欲しいっ!

・「ルーブル美術館展 肖像芸術ー人は人をどう表現してきたか」@国立新美術館:僕は個人的に西洋肖像画に興味が強くて、古くはハンス・メムリンクラファエロ、ベラスケスやアングルから、ベーコン、フロイド迄大好きな画家も多いが、本展には絵画のみならず立体作品も有って楽しい。その中でも、例えばブルボン・ヴァンドームの凄惨且つ美しい石彫「ブルボン公爵夫人」や、アングルの「オルレアン公」、ゴヤの「メングラーナ男爵」やラメの「ナポレオン1世像」等が僕のハートを鷲掴み(笑)。

・「Audio Architecture:音のアーキテクチャ展」@21_21 Design Sight:コーネリウスこと小山田圭吾が作曲した新曲を、9人のアーティストが「翻訳」するのだが、音楽を「構造体」として解析する体験型の展覧会。展覧会自体は少々僕には難しかったが、然しコーネリウスはカッコイイ。

・「特別展 金剛宗家の能面と能装束」@三井記念美術館三井記念美術館美術館には、金剛家旧蔵の能面54面が収蔵されて居るが、その中の白眉は秀吉が所持したと云う、龍右衛門作の「花の小面」。そして本展では同じく金剛家蔵のこれも秀吉所持、「雪の小面」が展示される。秀吉は龍右衛門作の小面「雪月花」3面所持したと云われるが、「月」は行方不明…が、こう云った機会に現れるかも知れない。然し金剛宗家の面のコレクションには、使われてこその「色気」の有る作品が多いが、「雪の小面」以外にも、日光作の「父ノ尉」や龍右衛門「金春小面」、河内作「孫次郎」や檜垣本「深曲」、満照の「蝉丸」や越智「痩男」等、素晴らしい作ばかり…必見の展覧会だ!

・アニメサザエさん展「お祭りサザエさん」@長谷川町子美術館:猛暑の中桜新町まで足を運び、「サザエさん」研究家とご一緒した初の長谷川町子美術館来訪…そして驚くべき展覧会&イヴェントを其処で体験した(笑)。さてお馴染みテレビアニメの「サザエさん」、その冒頭でサザエさんが全国各地を旅して居るのを、ご存知の方も多いのでは無いか?本展は、その中でサザエさんが経験したお祭りやイヴェントを紹介する展覧会だが、何しろレクチャー有り、希少ハガキの当たる大興奮のジャンケン大会有り、サザエさんグッズが貰える射的や輪投げ、そして何と自分の作った家をサザエさんの住む「あさひが丘」に建てられると云う、「花沢不動産あさひが丘分譲」(笑)等、もうファンには堪らない企画ばかりだが、ファンで無くとも十分楽しめた!帰りには近所の通称サザエさんカフェ、「Lien de Sazaesan」で一服。コーヒーと、オモシロメニューの中から「波平さん焼き(小倉)」を頂く。ホッコリとした良い午後でした。

・「藤田嗣治」@Galerie Tamenaga Tokyo :藤田没後50年、そして本画廊の開廊50周年を記念しての展覧会。作家と交流の有った画廊初代が収集した油彩・素描等、女性像を中心とした40点が展示されるが、豈図らんやー番僕の胸を打ったのは、1939年作の「空の上の空中戦」だった。藤田の戦争画は近美でも展示されたのを観て居るが、この美しい「戦争画」には藤田の美的センスが溢れる。小品の多い展覧会だが、藤田の日常の「息」が感じられる展覧会だと思う。都美館も早く行かねば!

・「Defacement」@The Club:ニューヨーク・ベースのアマンダ・シュミットをゲスト・キュレーターに迎えた本展は、12人の作家作品でアートに「新たな意味」を付加する。展示作の内僕が特に気に入ったのは、実はリヒターやウォーホルでは無くベティ・トンプキンズで、ラファエロやベラスケスの名作を汚し、改変するそのアゲレッシヴネスに興味を持った。汚しても美しく有るアートは素晴らしい。

・「桑田卓郎展 湯呑とコップ」@柿傳ギャラリー:Kosaku Kanechika所属のアーティスト、桑田卓郎の展覧会。メタリックを基調とした新感覚の作品群は新鮮で、然し「良いなぁ」と思った作品は既に完売(涙)…が、「非売品」の青白磁の茶碗が美しく、欲しく為る。売ってくれないかぁ?


ー舞台ー
・「歌舞伎座百三十周年 八月納涼歌舞伎 第二部」@歌舞伎座:真夏の三部制の第2部、目玉は猿之助演出・脚本の、「再伊勢参 YJKT (またいくの こりないめんめん、と読むらしい:笑)東海道中膝栗毛」。去年公演された作品の第2弾だが、流石猿之助の脚本は面白く、現代テイストを加えながらも確り歌舞伎に為って居て、かなり面白い!役者も猿之助幸四郎が頑張り、中車は遣り過ぎ感が否めないが、團子と染五郎がそれをカバー…新作歌舞伎の中では、出色の出来と思いました。

・「コーラスライン」@シアター・オーブ:天才振付師+演出家マイケル・ベネットと作曲家マーヴィン・ハムリッシュに拠る、この驚くべきミュージカル「コーラスライン」をニューヨークで初めて観たのは僕の学生時代、ニューヨークにレギュラーに行き始めた80年代前半だったと思う。僕はこの舞台。そして数年後に公開されたリチャード・アッテンボロー監督の映画版に拠って、こう云うミュージカルを作れるアメリカと云う国を理解し、心から好きに為ったと云っても過言では無い。今回久し振りにこの舞台を観て、個性の尊重と差別の撤廃を叫び、地味なラインダンサーにライトを当てた革新的なこの舞台が、今から40年以上前に初演された事、そしてオフ・オフ・ブロードウェイから始まって、「Cats」に抜かれる迄の最長ロングラン記録を立てた事が、如何にスゴい事か再確認した。そして素晴らしい芸術は、何度観ても素晴らしいし飽きない、と云う事も。ダンスや歌のレヴェルは高いし、「One」を始めとする音楽もキャッチーで素晴らしい。そしてこれは脚本の勝利で有り、普遍性の勝利でも有る。嗚呼、泣ける…また映画版が観たくなった。

・「亀井俊雄五十回忌追善 葛野流十五世宗家継承披露 第十回広忠の会」@観世能楽堂:昨年より葛野流大鼓宗家を継承した、亀井広忠師の会。時間の経った今回が継承記念会と為ったのは、シテ方五流派宗家の出演を実現する為だったとの事で、番組を見ても万全の体制だと云う事が良く分かる豪華な出演者、そして演目だった。先ずは梅若実・大槻文蔵・観世銕之丞の三師に拠る、刀を差し白式尉の面を付けない、珍しい「翁 弓矢立合」。千歳には片山九郎右衛門、三番叟は野村萬斎両師と云う超豪華版だったが、亀井師もオリンピックの決まった萬斎師も気合十分で、この曲は「翁」と云うよりは「三番叟」で有った。次は金春宗家による「高砂」…僕が八十一世金春憲和師の舞を観るのは初めてだったが、未だこれからか。その後は辰巳満次郎師と櫻間右陣師の一調ニ番と、宝生宗家の舞囃子「安宅」…和英宗家は貫禄が出て来た。その後は金剛宗家と梅若実師の一調、友枝昭世師の舞囃子「融」、梅若万三郎+観世喜正両師の「江口」を経て、トリはこの日のメイン・イヴェント、観世宗家の「道成寺」だ!観世宗家の迫力ある舞、宝生欣也師のワキ(近年益々亡きお父様に似て来た)、坂口貴信師の鐘後見もカッコ良かったが、然し何度観てもこの「道成寺」はそのサスペンス感、物語とモティーフ、緊張感、乱拍子、其れ等全てが魅力的な、謂わば「能のディズニーランド」(笑)。「コーラスライン」と同様に、脚本と演出の素晴らしい「エヴァーグリーン」は、何度経験しても素晴らしい。広忠師も新宗家として、そして観客も大満足だったで有ろう、濃厚な公演でした。

・益田正洋ギター・リサイタル「Torroba!」@近江楽堂:友人のクラシック・ギタリスト、益田君のリサイタルへ。今回はドミンゴも愛したと云うスペインの近代作曲家、フェデリコ・モレーノ=トローバの曲を中心とするラインナップ。美しい旋律と情熱的なリズムは、益田君のギターに合って居て、程良い大きさのホールに響く。特に最後の2曲、若書きの「ノクトゥルノ」と「ソナチネ」は特に良かった。これらも収録された、今出て居る益田君のCD「モレーノ=トローバ作品集」も必聴だ!

・「佳名会」@観世能楽堂:前日に個人会「広忠の会」を開催した、亀井広忠師のお弟子さん達に拠る素人会だが、大鼓以外はシテ方から囃子方迄プロなのだから贅沢とも云えるし、プロと素人とが一緒に演れる事も、能は矢張り素晴らしい古典芸能だ。今回は広忠師の弟子で、能楽と日本庭園の若き研究者R君が、何と観世銕之丞師の舞囃子「通盛」で打つとの事で、これは見逃せぬ!と拝見。R君の黒紋付姿は様に為って居て、大鼓も確り音が出て居り中々だった。出番後広忠師の弟君の小鼓D宗家から、「孫一さんは大鼓に向いて居ると思われるので、来年この会に出られるのを楽しみにしております」とのメールを受け取った…有難きお言葉ですが、熟考させて頂きます(笑)。

・JAPON dance project 2018 + 新国立劇場バレエ団「夏ノ夜ノ夢」@新国立劇場:友人が舞台美術を担当したダンス公演を観に。原作はお馴染みシェイクスピアだが、僕に取って今も忘れられない「(真)夏の夜の夢」は、ピーター・ブルック演出のモノで、その昔セゾン劇場で観た「テンペスト」と共に、彼の才能を推して知るべし作品だった。さて今回はモダン・ダンス的バレエ作品に為って居るのだが、前半は例えばピナ・バウシュを思わせる振り付けも少々古臭く感じ、尺が長過ぎるとも感じる。休憩後の後半は一転した展開と為り面白かったが、バレエが無ければ山海塾風でも有り、僕にはシェイクスピアを題材とした意味も今一つ分から無かった(僕の理解不足かも知れないが…)。ウーム…あれなら全体で1時間位の構成の方が、ピリッとしたと思うし、態態「シェイクスピア」を謳わず、オリジナルで良かったのでは?観るべき箇所も有ったので、「古典の広げ過ぎた新解釈」よりオリジナルの作品を観てみたい、と云うのが正直な感想。美術の方は、光の反射と映り込みを意識したシンプルな作りで好感が持てた。


ーその他ー
・大美正札会@大阪美術倶楽部:僕は東京美術倶楽部の正札会にはもう何回も行って居て、「正札会」と云う位だから、大阪発祥のモノだと勝手に思って居たのだが、何と大阪では今回が初めてとの事!4000点が並んだ姿は壮観だが、観るのも大変。ひとつ「いい茶碗だなぁ…」と思った高麗茶碗が、聞くとT商店の出品だったのは宜なるかな…僕の眼も利いて来たかなぁ?(笑)

金足農業高校@第100回全国高校野球選手権大会:今回の金足農高の大活躍は、僕の母が秋田出身と云う事も有って、僕を久方振りにテレビでの高校野球観戦へと向かわせた。第一回大会以来103年振りの秋田勢の決勝進出は、其れ迄の秋田県出身者だけの彼等の頑張りと共に、日本国中を応援させるに相応しい感動を伴ったが、結果は惨敗。相手の大阪桐蔭のメンバーを見れば、セミプロ対アマチュアみたいなモノで、そもそもの戦力と選手層が大きく違うし、当然エース吉田投手の疲れも有っただろうが、残念至極で有った。さて、そんな試合後には色々と批判や意見が上がって来て、その1つは吉田投手が1人で800球以上投げた事に対する批判だ。或る解説者や元政治家は「彼の野球人生をダメにして仕舞う」「それを防ぐ為には、100球限度制度を設けるべきだ」等、アホ臭い事を平気で云って居るのだが、果たしてそうだろうか?先ず「100球限度制度」は選手層の厚い学校だけに云える事で、大阪桐蔭みたく他校に行けばエース級が3人位居るチームと異なり、金農にみたいに2番手ピッチャーすら儘ならぬチームにすれば、エースが100球投げた後に滅多打ちされる事、必然…つまり、先ずは高校間の選手戦力の格差を廃し、元来の地元選手中心に戻す事が先決では無いか。また、優勝し二度目の春夏連覇をした大阪桐蔭よりも、負けた金足農の方に取材や報道が多いのは可笑しい、と云う批判も可笑しい。全国からセミプロ級選手を揃え、春夏連覇を二度もしそうなチームを、田舎の地元出身者だけの公立農業高校が決勝で倒そうとした事、負けても其処迄来た事の方が、読者視聴者には感動的だからだ。何でそんな単純な事を素直に考えられないのか、全く分からん。そして最後にもう一言…吉田投手が「炎天下で投げ過ぎて、彼の野球人生が終わって仕舞ったらどうする?」と云う愚問に就てだ。先ず彼がインタビューで語った様に、「どんな天候や状況でも故障しない様に、練習して来た」んだろうし、こんな事を云う人は一度しか無い人生、「ぶっ壊れても良いから遣り通したい」と思った事が無いに違いないし、人生一度でもスポットライトを浴びた事が無かったに違いない。「100球制度」を設けても全投手が田中将大に為れるとは限らないし、最後まで自分が遣り通したと云う実感を人生で得る事も無い。壊れる人は壊れるし、壊れない人は壊れない…これは人生に於ける如何なる仕事でも一緒で、一番大事な事は「最後迄遣り通す事」では無かろうか?

茶杓作り@K大学AO入試:今年も僕が客員教授をして居る美大の、夏のAO入試に立ち会った。この「茶杓作り」の試験も今年で3年目に為るが、毎年18歳の子供達が作る茶杓と、その制作姿勢に驚かされる。茶杓師の指導の下、2日間で茶杓本体と筒を竹から削り出し、銘を考えて筒に墨書する。そして最後は茶室で我等教師が講評した後、実際に自分の茶杓を使って茶を掬い、隣の学生に一服点てて上げると云う「試験」なのだが、もう殆ど「体験講座」に近い。そして、その過程でも子供達の個性が茶杓や銘に如実に見えて非常に面白く、今年も中国や韓国からの留学生も居たにも関わらず、本来ライヴァルで有る所の受験生達は、初日はお互い余り口も利かずに居ても、2日目の朝とも為ると謂わば「工房」の様相を呈し始めるのが面白い。僕も今年も3本目の茶杓を作ったのだが、濃いお茶の好きな僕は、一度に大量の茶を掬える様に櫂先を大きくするので、今回も銘は「パワーシャベル」とした(笑)。


「ボランティアの師匠」と呼ばれる尾畠春夫さんが、行方不明の二歳男児発見した件に僕は大感動!この人は73歳だそうで、何と山根元日本ボクシング協会会長と同い年…同じ73歳でもこんなに違うのか!と思わざるを得ないが、この人の「人」としての凄さは、僕に宮沢賢治の「雨ニモマケズ」と以下に掲げる「南洲遺訓」を思い出させる。


命モイラズ、名モイラズ、
官位モ金モイラヌ人ハ、始末二困ルモノ也
此ノ始末二困ル人ナラデハ、
困難ヲ共ニシテ国家ノ大業ハ成シ得ラレヌ也。


そして僕は、こんな政治家が一人も居ない今の日本に絶望する…今更「薩長同盟」を語る時代錯誤総理と石破氏の討論会ですら、早々に実現しなさそうな、今の日本に。


ーお知らせー
主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。