「象」も「虎」も「美人」も…皆幸福な「里帰り」。

皆様、4ヶ月間のご無沙汰です…桂屋孫一で御座います(玉置宏調で:笑)。

昨年10月に仕事上の立場が変わってから多忙を極めて仕舞い、3月に漸く「はてなブログ」への移行を終えて更新して以来、何と4ヶ月振りのダイアリー。

今回は、僕のキャリアでも非常に重要な「里帰り」仕事に就いて…そう、先日出光美術館がクリスティーズを介して「プライヴェート・セール」での購入を発表した、「プライス・コレクション」の事だ。

事の始まりは、今から約2年半前…カリフォルニア州コロナ・デル・マーレのプライス夫妻宅を訪ねた時に、「コレクションの半分を売却したいので、売り先を探して欲しい」との依頼を受けた時の事(この時の様子は、NHKの番組でどうぞ)。

その時夫妻から、1.買い手は日本の公的な場所で、将来江戸絵画研究の日米の架け橋と為る事(夫妻のコレクションの半分は、既にロサンジェルス郡立美術館に寄贈されて居る)、2.コレクションを散逸させる事無く、纏めて購入出来る事、3.コレクションを恒久的に保存・研究するに値する場所、との条件下での売却依頼を受けた僕は、相当なプレッシャーに押し潰されそうだったが、或る意味「こんな有名、且つ重要な在外日本美術コレクションの代理人と為った事を幸運に思わねば、ジョーさんとエツコさんに申し訳ない」と覚悟を決めたので有った。

さて、僕がジョーさんに初めて会ったのは1998年。その昔バブルの時代、高級自動車を扱って財を築いた麻布自動車のオーナーさんが持っていた、肉筆浮世絵専門の美術館麻布美術工芸館のコレクションが売りに出た時の、クリスティーズ・ニューヨークでの下見会の時だった様に思う。

下見会期中の或る日の午後、会場で出会ったジョーさんは、今回出光美術館が購入したコレクション中に有る、或る肉筆浮世絵を真剣に眺めて居て、 僕が挨拶をすると微笑みながら「会場の電気を消してくれないか?」と徐ろに僕に頼んだのだった。

当時入社して未だ間も無かった僕は、他のお客さんも居る会場でそんなリクエストをされた事自体初めてだったのだが、大コレクターとして名高いプライス氏のリクエストと来れば、聞かない訳にいかない…。

早速僕は会場の電気を消したり点けたり、調光したりしたが、その最中もジョーさんは立ったりしゃがんだり、近付いたり離れたりしながら作品を眺め続け、「日本の絵画は、『光』の変化でこんなに見え方が変わるんだ!」と僕に教えてくれた。

そして「OK, thank you !」と云う言葉で、僕はその場所を退いたのだが、その3時間位経った閉会間近に再びその場所を訪れると、ジョーさんは未だそこに立って居て、同じ絵を眺めて居た。そしてその姿は「コレクター」と云う人種の1つ真骨頂として、未だに僕の心にずっと残って居る。

そんなジョーさんと、優しくざっくばらんな奥様のエツコさんからの期待に僕が今回何とか応えられたのは、飽く迄も「人の縁」と「タイミング」、そして「作品の持つ力」のお陰と云う他は無い。

話は変わるが、美術品のディールで最も面白く重要な点は、「美術品はお金だけでは買えない」と云う事だと思う。確かに「オークション」は或る意味フェアで、最高金額を出せば、誰でもその作品を手に入れる事が出来る。だが「プライヴェート・セール」(オークションには出品せずに、クリスティーズ代理人と為って相対で取引をする)ではそうは行かない。

が、時に「名品の神」は悪戯を起こし、その意思に拠って名品の方が持ち主を選ぶが如く「移動」をする。そして其処には、必ず「運」「縁」「タイミング」が必ず存在し、詳しくは記さないが、今回のディールに於いても僕はそれを目の当たりにしたのだった。

そんなこんなで、若冲の「鳥獣花木図屏風」や応挙の「虎図」、湖龍斎の「雪中美人図」等を含む、夫妻が愛した190点に及ぶプライス・コレクションは、夫妻の想いを携えて海を越え、里帰りを果たして出光美術館の所蔵と為り、新天地で大切に保管・研究される事と相成った。

この素晴らしい結末に関わった全ての方々に喝采を捧げると共に、来年9月に出光美術館で開催予定の「帰国展」、そして出光佐千子新館長の手腕に期待しながら、今日にダイアリーはお終い。

目出度し、目出度し。

 

ーお知らせー

藤田美術館の公式サイト内「Art Talk」で、藤田清館長と対談しています。是非ご一読下さい(→http://fujita-museum.or.jp/topics/2018/12/17/351/)。

*僕が嘗て扱い、現在フリア美術館所蔵の名物茶壺「千種」に関する物語が、『「千種」物語 二つの海を渡った唐物茶壺」として本に為っています(→http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033551943&Action_id=121&Sza_id=E1)。非常に面白い、歴史を超えた茶壺の旅のお話を、是非ご一読下さい!(因みに、その「千種」に関する僕のダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20090724/1248459874、今から思えば、これも藤田美術館旧蔵で有った…)

主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が一昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで今月一杯視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。