「美獣」の死と、最近の藝術見聞。

今日は、超個人的に残念な悲報から。

決して「ハンサム」とは云えない「ハンサム」(笑)が亡くなった…その「ハンサム」とは、プロレス元NWA世界ヘビー級王者のハリー・レイス、享年76歳。

さて僕が高校時代大好きだった全日本プロレスには、NWAを中心とした海外選手が来日して居て、例えばドリー・ファンク・JR&テリー・ファンク兄弟のファンクスや、ミル・マスカラスドス・カラスの覆面コンビ、アブドラ・ザ・ブッチャー&ザ・シークの凶悪コンビ等を中心としての「世界最強タッグ」も大人気だったが、各選手に付いて居たニックネームや入場音楽も凝って居たのが思い出される。

例えばブッチャーのニックネームは「黒い呪術師」で、入場曲は何とピンク・フロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」!マスカラスは「千の顔を持つ男」でテーマはシグゾーの「スカイ・ハイ」、ファンクスの2人は「テキサス・ブロンコ」と呼ばれ、入場曲は彼らの必殺技をイメージして日本のバンドクリエイション(「ロンリーハート」!)が作曲した、滅茶滅茶カッコ良い「スピニング・トー・ホールド」で、この曲が流れただけで僕達は大興奮。

そして我等がハリー・レイスのテーマ曲は「ギャラクシー・エクスプレス」、必殺技は「バーティカルスープレックス」…この「バーティカルスープレックス」は所謂「ブレーンバスター」の一種なのだが、相手の身体を上まで持ち上げた瞬間、通常のブレーンバスターは直ぐに背後に落とすのに対し、レイスは持ち上げた相手の身体と自分の身体が一直線になった時点で何秒間か静止させ、その光景が何とも力強くて美しく、ファンを魅了したで有った。

「美獣」と云う訳の分からない日本語ニックネームも持っていた、然し最強レスラーだったレイスのご冥福を祈りたい。

さて本題…今日は久々に、最近の僕の藝術鑑賞覚書を。

 

ー映画ー

・「アートのお値段」@ユーロスペース:今月17日から渋谷ユーロスペースで公開される、最近の現代美術マーケットをテーマとしたドキュメンタリー・フィルムを試写会で。監督はあの偉大なる建築家ルイス・カーンの息子、ナサニエル・カーン。内容は至ってシニカルな内容で、実際オークションハウスに四半世紀以上勤めて居る身としては、言いたい事テンコ盛りの内容だが、今の現代美術マーケットの「一面」は表して居る。クーンズやコンド、リヒター等のアーティスト本人達や、エイミーやエド、ロバート等僕の昔の同僚が出て居るのも一興。現代美術に興味のある人は必見だ!

ー舞台ー

・能「井筒」@観世能楽堂:片山九郎右衛門師がシテを務めた「井筒」。鬘物が本当に上手い九郎右衛門師だが、今日は残念な事に声が枯れて居て、最近特に良くなった謡が今ひとつ…が、終盤の長い舞は美しく、流石で有った。この日の別番組「清経」も、シテ・ワキ共素晴らしい出来だった事も追記して置く。

ー展覧会ー

・「メスキータ」@東京ステーションギャラリー:いや、何とも驚いた…こんな作家が居たなんて!エッシャーの秘蔵っ子だったらしいが、何方かと云うとヴァロットン的な、若しくはドイツ表現主義的なモノも感じる、力強いモノクロームの版画が秀逸。本展を見逃すと云う選択肢は無い。

・「青柳龍太 l Sign」@ギャラリー小柳:現代美術家青柳龍太の「眼」の展覧会。作家本人が見つけ出した「モノ」をインスタレーションした展覧会だが、例えば鉄に見える紙や眼鏡、石等、「古美術坂田」的な物を残しながらも、それ等をインスタレーションする眼と技が堪能出来る。

・「室町将軍ー戦乱と美の足利十五代」@九州国立博物館:何しろ「東山御物」の展覧会と云って良い程の展覧会。それに加えて、新しい「尊氏像」や余りにも美し過ぎる青磁茶碗「馬蝗絆」、芸阿弥「観瀑図」等大名品揃い。

・「原三渓の美術」@横浜美術館:稀代の大コレクター、原三渓旧蔵品の大展覧。その中でも白眉は国宝「孔雀明王図」(何と美しい状態なのだろう!)、「病草紙断簡」、黒織部茶碗「文覚」、雪村の三幅対等だろう。そして驚くべきは、三溪さん本人の画業だ…是非一度ご覧あれ。

・「ジュリアン・オピー」@東京オペラシティ アートギャラリー:今を時めくアーティスト、オピーの展覧会は、素晴らしい出来だった!「こんな大きな、或いは重い作品をー体何処から入れたのか?」と云う質問を高校の先輩でも有るH主任学芸員にしたら、「何とか入った(笑)」との事。浮世絵収集家としても有名なオピー氏とは、パーティーでも歓談。アートと人との楽しいひと時でした。

・「特別展 三国志」@東京国立博物館:後輩を誘って行ったが、レセプション・招待日とは云え大混雑…が、僕の興味は唯一点、曹操の墓から出土した世界最古の「白磁」だった。ゲームファンは必見か(笑)。

・「松方コレクション展」@国立西洋美術館:世界に散らばった松方旧蔵の作品が集う、或る意味、やっと松方幸次郎の「夢」が叶った展覧会…何故なら造船業で財を成した松方の最期迄の夢は、東京に美術館を造る事だったから。然しこの仕事をして居ると、美術品コレクションの数奇な命運を偶に眼にするが、松方のそれは戦争・火災・破産等、時代と共に変遷し、コレクション中の作品は恰も取捨選択をされた如く、生き残った。そんな中で僕が一番感銘を受けたのは、言わずもがなのモネ「睡蓮・柳の反映」で、画面の半分程を損失したこの大作は、松方が1921年にモネ本人から購入したモノで、何とほんの3年前にパリで発見され、西美に寄贈された。修復を終えた本作は、画面の半分がなくとも元来の姿を容易に想像出来る、謂わば「ミロのヴィーナス」的な、或いは平安仏の「仏手」や耳庵旧蔵の伝快慶「観音仏耳」的な「欠損・残欠の美」の真髄と云えると思う。先日里帰りが発表と為った「プライス・コレクション」もそうだが、「コレクション」で有る事の意味は大きい。オークション等のアート・マーケットでも「個人コレクション」来歴を持つ作品が最も高価に為るし、纏まった事に因る作品の価値向上の意味も有る。そう云った事を実感出来る、素晴らしい展覧会だ。余談だが、先日放送されたこの展覧会を特集した「新日曜美術館」の展覧会シーンに、ワタクシが2度程登場してました(笑)。

 

と云う事で、今日は此処迄。最近忙し過ぎて、展覧会も音楽会も舞台も何も余り行けて居ない。これはアカン…何とかしなきゃ。

そして、気が付けば中止に為って仕舞った「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」の問題に関しては、言いたい事が余りに多いので、次回此処で思いの丈を伝えたい。

然し日本、終わってますな…。

 

ーお知らせー

*現在発売中の雑誌「Men’s Ex」10月号(→https://www.mens-ex.jp/magazine/2019/201910.html)中の、「エグゼクティヴ的アートの楽しみ方」とメルセデス・ベンツのタイアップ広告に出させて頂いてます。お時間のある方は是非。

*現在発売中の古美術雑誌「目の眼」9月号(→https://menomeonline.com/about/latest/)の「Topics & Report」に、プライス・コレクションに関する私の寄稿が掲載されて居ります。ご興味の有る方は是非ご一読下さい。

*8月17日より渋谷ユーロスペースにて、現代美術マーケットをシニカルに扱ったドキュメンタリー映画「アートのお値段」が公開されますが、その翌日18日、16:10の回の後、17:50頃からの「スペシャル・アフタートーク」(→http://artonedan.com/)に、岩渕貞哉美術手帖編集長と登壇します。是非ご来場下さい!

*来たる10/12(土)の14:00-15:30、サントリー美術館6Fホールに於いて、9/4開幕の「黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部」展(→https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2019_4/index.html)のスペシャトークイベント「美濃焼 過去 現在 未来」に、武者小路千家家元後嗣の千宗屋氏と登壇します。この企画はサントリー美術館メンバーズ・クラブ会員限定のイベントですので、ご参加されたい方は、これを機に是非メンバーに為られては如何でしょうか?お問い合わせは、サントリー美術館メンバーズ事務局(03-3479-8600)迄。

藤田美術館の公式サイト内「Art Talk」で、藤田清館長と対談しています。是非ご一読下さい(→http://fujita-museum.or.jp/topics/2018/12/17/351/)。

*僕が嘗て扱い、現在フリア美術館所蔵の名物茶壺「千種」に関する物語が、『「千種」物語 二つの海を渡った唐物茶壺」として本に為っています(→http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033551943&Action_id=121&Sza_id=E1)。非常に面白い、歴史を超えた茶壺の旅のお話を、是非ご一読下さい!(因みに、その「千種」に関する僕のダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20090724/1248459874、今から思えば、これも藤田美術館旧蔵で有った…)

主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が一昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで今月一杯視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。