長男の「日本戦後美術体験」。

物事は一度途切れると、それを復活させるのは誠に難しい…人間関係も、仕事も、そしてこのダイアリーも、だ。気がつけばコロナ禍下で在宅勤務となり、夜の外出もかなり減ったと云うのに、何と丸2ヶ月振りの更新で有る。

さて、この間の政府や都のコロナやその他のふざけた対応に云いたい事は山程有るが、今回の「Go To」キャンペーン、そして直前での東京外しには東京都民の1人として開いた口が塞がらない。それはこの「東京外し」キャンペーンが、都民が国に納めた税金が都民以外にしか使われないと云う、憲法下に於ける国民の平等の精神を平気で踏みにじる政策で、しかも国がキャンセル料にも応じないとこれも平気で云って居る事だ。

もうこう云った行き当たりばったりの政策、痛感しても未来永劫絶対に責任を取らない国と都のリーダーにはウンザリで有る。我が国が滅びない事を祈るしかない。

そんな中仕事の方は少しずつ動き始め、オンライン・オークション全盛の中、久々にパリや香港等ではライヴ・オークションが始まり、先日香港・パリ・ロンドン・ニューヨークを中継して開催された「ONE」セールも4億2094万1042ドル(約452億5千万円)売り上げ、香港の各分野のセールスの結果も大概良く、ホッと一息。

その「ONE」セールでは、ブライス・マーデンやウェイン・ティーボー、ジョージ・コンド等に新記録も出、リキテンスタインやニューマン、ルシェ、ピカソ等も高額落札、然し個人的に一番嬉しかったのは山口長男の「黄色い四角」が良く売れた事だった。

この板絵作品は山口の油の乗り切った1959年の作、70年代にスイスのコレクターに買われ、それ以来日本には戻っていないウブな作品で有る事、大型の山口作品に良く見られる状態の悪さも無く、その大きさもオークションに出た作品では最大の183 x 183cm. …こんな名品が新記録価格を作らない訳が無く、1512万5千香港ドル(約2億860万円)で売却された。

僕は山口長男に昔から思い入れが強く(名前の所為も有るし、僕の叔父の丸顔が在りし日の長男のそれにそっくりなのだ!)、山口以外にも例えば斎藤義重や菅井汲、長谷川三郎や岡田謙三等の作家とその作品に興味が有ったのだが、それには矢張り1994年にクリスティーズ・ニューヨークで開催された、ブランシェット・ロックフェラー(ジョン・D・ロックフェラー 3世の奥様)のエステイト・セールを手伝った事が大きかった。

このセールには上記作家以外にも(菅井や長男作品は無い)、猪熊弦一郎や流政之、菊畑茂久馬やオノサトトシノブ、吉原治良川端実も出て居て、如何にロックフェラー夫妻が日本贔屓とは云え、アメリカ人がこれ程クオリティの高い日本戦後美術コレクションをして居た事に、大いに驚いたものだった。

そして僕の「日本戦後美術体験」でもう一つ忘れてならないのが、そのオークションと同年、グッゲンハイム美術館の別館が未だソーホーに在った頃に観た、後にジャパン・ソサエティー・ギャラリーのディレクターを経て、グッゲンハイムのキュレーターと為ったアレキサンドラ・モンロー女史の展覧会、「Japanese Art after 1945: Scream Agaist the Sky」だ!

この展覧会は、山口や斎藤は勿論、吉原、白髪を始めとする具体メンバー、李禹煥らのもの派、ハイレッドセンター、井上有一、三木富雄、草間、杉本、森村、宮島、柳幸典迄を網羅したもので、アメリカで此処迄日本戦後美術を一度に観せた事は無かったし、その後の具体やもの派の再発見、そして延いては今の日本現代美術の国際マーケットでの足掛かりに為ったとも云っても良い、記念碑的なものだった。

その頃ニューヨークに住んで間もなかった僕は、今ほどは高級化して居なかったソーホーで、それまでポップアートやフォンタナに向いて居た僕の眼を確りとこの分野へと向かわせ、その後日本に赴任した時に、何人かのシリアスなコレクターやディーラーの方々と知り合い、作品を観せて頂き、教えて頂いた。そしていつの日か、山口長男の作品が海外マーケットで燦然と輝く日を待ち望んでいたのだった。

さて約2億円と云う「黄色い四角」の落札価格は、勿論アーティスト・レコードで、ビジネスとしても一ファンとしても非常に嬉しかったのだが、実はもう一つ凄く嬉しかった事が有って、それはこの作品を生み出した作家のご家族にお会いした事だった。

お父様にそっくりなお顔の息子さんにご挨拶した時、長男作品の大ファンで有る僕は柄にも無く興奮して仕舞い、思わず「はじめまして…山口家の長男の山口です」と名乗ったら、息子さんはニッコリとして「こちらこそ!私が山口長男の長男です」とユーモアたっぷりに答えられた。

僕の「日本戦後美術体験」はこれからも続く。

 

ーお知らせー

事業構想大学院大学刊「人間会議2020夏号 アート思考とクリエイティビティ」(→https://www.projectdesign.jp/feature/kankyoningen/)に、インタビューが掲載されています。ご一読を。

*「ART HOURS」に嬉しい拙著の書評が掲載されました(→https://arthours.jp/article/biishikinonedan)。是非ご一読ください。

*「NIKKEI STYLE」内「ブックコラム」(→https://style.nikkei.com/article/DGXMZO58642800Q0A430C2000000/)に、拙著に関する僕のインタビューが掲載されています。

*今月発売の神戸新聞総局発行、明石総局編の書籍「明石城 なぜ、天守は建てられなかったのか」(→https://kobe-yomitai.jp/book/1034/)内の第3章「消えた襖絵を追う」で、僕が嘗てオークションで手掛けた長谷川等仁作「旧明石城襖絵」(この襖に関する拙ダイアリーは→https://art-alien.hatenablog.com/entry/20120723/1343050359)が、綿密な調査と共に紹介されて居ます。美術品の「流転の極み」とも言えるこのストーリー、是非ご一読下さい。

*「週間文春」3月12日号内「文春図書館」の「今週の必読」に、作家澤田瞳子氏に拠る「美意識の値段」の有難い書評が掲載されております(→https://bunshun.jp/articles/-/36469?page=1)。是非ご一読下さい。

*3月4日付「日刊ゲンダイDigital」にて「美意識の値段」の書評が掲載されました(→https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/269858)。

*2月28日付朝日新聞デジタル「&Ⓜ︎」内のインタビュー、「クリスティーズジャパン社長と映画『ラスト・ディール』に学ぶ ホンモノを見抜く力」(→https://www.asahi.com/and_M/20200228/9915737/)にて、インタビューを受けました。

*2月15日産経新聞内「本ナビ+1」で、永青文庫副館長橋本麻里氏が拙著を取り上げて下さいました(→https://www.sankei.com/life/news/200215/lif2002150018-n1.html)。

*2月15日付日経「新書」にて「美意識の値段」が取り上げられました(→https://www.nikkei.com/article/DGKKZO55630490U0A210C2MY6000/)。

*1月22日の産経新聞書評欄に、拙著「美意識の値段」が取り上げられました(→https://www.sankei.com/premium/news/200122/prm2001220002-n1.html)。

*「J-CAST ニュース」内「BOOK ウォッチ」(→https://books.j-cast.com/2020/02/12010854.html)、「Bur@rt ぶらっとアート」(→https://kobalog.jp/burart/2020/01/aesthetics-and-prices/)にて、「美意識の値段」が取り上げられました。

*作家平野啓一郎氏に拠る、拙著「美意識の値段」の書評はこちら→https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/review/8124。素晴らしい書評を有難うございます!

*拙著「美意識の値段」が集英社新書から発売となりました(→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1008-b/)。是非ご一読下さい!

藤田美術館の公式サイト内「Art Talk」で、藤田清館長と対談しています。是非ご一読下さい(→http://fujita-museum.or.jp/topics/2018/12/17/351/)。

*僕が嘗て扱い、現在フリア美術館所蔵の名物茶壺「千種」に関する物語が、『「千種」物語 二つの海を渡った唐物茶壺」として本に為っています(→http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033551943&Action_id=121&Sza_id=E1)。非常に面白い、歴史を超えた茶壺の旅のお話を、是非ご一読下さい!(因みに、その「千種」に関する僕のダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20090724/1248459874、今から思えば、これも藤田美術館旧蔵で有った…)

*僕が一昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで2021年3月28日迄視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。