引き際の魔術師。

気がつけば11月ももう半ば…今年は、僕の人生のここ30年間で「初めて『海外』へ行かなかった年」と為った。

酷い時はニューヨーク〜日本間を毎月往復していた僕に取って、外国出張は身体的にはキツくても、精神的には気分転換や気を紛らわすのに最適だったし、一箇所に、然も今の日本にずっと居る事の辛さは、毎月2万キロ以上を飛ぶ事の比では無い。

そして一つの場所に身体が縛られて、身体の空間移動の自由を奪われると、嫌でも色々な事を考え始めて仕舞い、既に未来よりの過去の方が遥かに長く為った僕等は、自分の行く末を考え始めて不安になったり、色々な意味での断捨離を考えたりし始める。

そんな中、先日久し振りにサントリー・ホールに赴き、ゲルギエフ&ウィーン・フィルを聴いてきた。

この日のプログラムは、ベートーヴェン「序曲『コリオラン』Op. 62」、チャイコフスキーロココ風の主題による変奏曲 イ短調 Op. 33」、そしてリヒャルト・シュトラウスの「交響詩英雄の生涯』Op. 40」で、チャイコでのソロチェリスト堤剛氏で有った。

このコロナ禍下で、ウィーン・フィルも良くぞ来日した!という感じだったが、始まった演奏は正直僕の期待を裏切る物で、弦の素晴らしさは流石だが、頭は揃わないし管もイマイチで、少々ガッカリ…然しこの状況下では、生のクラシック音楽を聴けるだけ有難いと思わねばならない(実際、彼らがアンコールで演奏した「皇帝円舞曲」は、自分史上最高のワルツ演奏だった!)。

こんな気分でベートーヴェンを遣り過ごし、チャイコが始まって78歳の堤氏が弾き始めて暫く経つと、何年か前に観たある舞台が脳裏に甦り、居ても立っても居られなくなったのだが、その舞台とは歌舞伎座で観た四代目坂田藤十郎の舞踊で有った(その四代目は、昨日亡くなられました。心よりお悔やみ申し上げます)。

その日の山城屋は女形としても決して美しくなく、足元も覚束なくて、何故こんな自分と芸を人に観せるのだろう?と思った物だ。特に日本の芸能では、能でも歌舞伎でも、満足に舞や演技が出来なくても「味」や「格」で舞台が勤まる、と良く云われ、現に扇子を真っ直ぐに構えられない程の老齢の能役者の仕舞を見た事も多い。

が、此方としては高いお金を払って観に来ているのだから、出演者の肉体的衰えに因る、度を超えて不完全な芸を観るのは決して本意では無い…その意味でこの日の堤氏の演奏は、残念ながら音程は定まらず、強弱も感じられず、ソロだったらまだしもウィーン・フィルをバックに演奏するには、少々無理がある様に思えた。

楽家に取っても体力や精神力の衰えの自覚は重要課題だし、況してや天下のウィーン・フィルとの競演ならば、若い演奏家にチャンスをあげても良かったのでは無いだろうか?と迄考えて仕舞った。

もう一つ僕の体験を云えば、コロナ禍前のフジコ・ヘミングのリサイタルに行った時の事…ヘミングの演奏は明らかにミスタッチが多く、信じられないミスも連発していたが、音色は美しく、老齢の「ソロ」演奏家としての「味」として許せた。要は演奏家は、自分が今どう云う演奏が「出来る」のか、或いは「しか出来ない」のかを分かって居なければ、観衆からの「報酬」に応える事は出来ないと思う。

「この曲はもう舞えない、もう弾けない」と云った事を演奏家舞踊家が自覚する、或いは誰かが本人に伝える事が如何に困難かは、アート・スペシャリストで有る僕でも解る…そしてこの事は僕の、いや、誰の仕事でもそうなのだろうと思う。

今年の長いコロナ禍下で久し振りに聴いた音楽は、僕に「どうすれば『引き際の魔術師』に為れるか?」を強く意識させて呉れたのだった。

 

追伸:遅くなりましたが、先月の銀座蔦屋書店での、平野啓一郎氏との拙著出版記念トーク配信を視聴して下さった皆様、そして快くお相手を引き受けて下さった平野さんに、心より御礼申し上げます!

 

ーお知らせー

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*「ART HOURS」に嬉しい拙著の書評が掲載されました(→https://arthours.jp/article/biishikinonedan)。是非ご一読ください。

*「NIKKEI STYLE」内「ブックコラム」(→https://style.nikkei.com/article/DGXMZO58642800Q0A430C2000000/)に、拙著に関する僕のインタビューが掲載されています。

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*2月15日付日経「新書」にて「美意識の値段」が取り上げられました(→https://www.nikkei.com/article/DGKKZO55630490U0A210C2MY6000/)。

*1月22日の産経新聞書評欄に、拙著「美意識の値段」が取り上げられました(→https://www.sankei.com/premium/news/200122/prm2001220002-n1.html)。

*作家平野啓一郎氏に拠る、拙著「美意識の値段」の書評はこちら→https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/review/8124。素晴らしい書評を有難うございます!

*拙著「美意識の値段」が集英社新書から発売となりました(→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1008-b/)。帯は平野啓一郎氏と福岡伸一先生が書いて下さいました!是非ご一読下さい!

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*僕が嘗て扱い、現在フリア美術館所蔵の名物茶壺「千種」に関する物語が、『「千種」物語 二つの海を渡った唐物茶壺」として本に為っています(→http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033551943&Action_id=121&Sza_id=E1)。非常に面白い、歴史を超えた茶壺の旅のお話を、是非ご一読下さい!(因みに、その「千種」に関する僕のダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20090724/1248459874、今から思えば、これも藤田美術館旧蔵で有った…)

*僕が一昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで2021年3月28日迄視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。