茶会とドラマと、そして悲しみのあんこ。

先週末は大変な日程だった。

土曜日は朝からいそいそと起き、杉本博司御大の江之浦測候所「開館5周年記念茶会」へ。この茶会は「利休生誕500年記念」としても催され、亭主は杉本氏と武者小路千家家元後嗣の千宗屋氏、その若宗匠がお茶を点てると云う物だ。

氏所蔵の「雷神像」の所為か、森美での展覧会時の能公演の最中の大地震や、10月にも関わらず大雪となったニューヨークの茶室「今冥途」の茶室披き、巨大台風到来の文楽公演等、杉本氏のイヴェントはいつも天候不順、風雲急を告げるのだが、奇跡的に天候に恵まれたこの日の茶会には利休居士縁の道具が揃えられ、点心から薄茶、濃茶席展示と逆行して続き、御大の相変わらずの切れ味鋭い冗句、若宗匠の知識とお点前、そして最後は大方の予想通り、御大の歌声にて締め括られた。

僕が参加した回の正客はコレクターのA氏、相客はスタートアップの経営者や、脳科学者、古美術商等の各氏だったが、その中に或る経営者御夫妻がいらした。そして僕がこのご夫婦に、どう云う経緯でこのお茶会に居らしたかをお尋ねすると、意外な答えが返って来た。

ご夫妻にはファッション・デザイナーの息子さんが居らしたが、この夏20代で若く他界されたらしい。息子さんはアートも手掛け、杉本氏を心から尊敬していた事から、ご両親は息子さんの遺志を継ぎ、小田原文化財団のパトロンとなりこの茶会に来られたとの事で、その芸術上の親子愛に思わず涙が出そうに為る。人生色々、アートとの出会いも色々である。

そしてその日の午後も半ば、相客に別れを告げて根府川の駅から僕が向かったのは、飛騨高山。

根府川→熱海→名古屋と東海道線を乗り継ぎ、特急飛騨号に乗って高山のホテルに着いたのは21時過ぎ、流石の僕も疲労困憊だったので、翌朝5時起床の為に早々と就寝。そして翌日曜日の早朝、迎えの車に乗り込んで僕が向かったのは、高山駅前のホテルから45分の文化施設。そこでは、今秋放送の某連続ドラマ最終回の撮影の準備が着々と行われていた。

今回の飛騨高山での仕事は、そのドラマで使われるオークション・シーンの監修で、物凄いオーラを持つ有名女優さんがそのセールでオークショニアを務めるのだが、所作やセリフ、そして図録やオークションの進行に関する全体の監修依頼をされたのだった。

そもそも今回の仕事は、このドラマの脚本家が知己だった事に始まったのだが、まさかこんな所に迄来るとは…しかし何事も経験、そしてその経験は過酷では有ったが、稀なる体験となったのには感謝しか無い。

先ず感動したのは、スタッフと俳優さん達の辛抱強さ(50分の連続ドラマ1本撮るのに、平均5.5日掛かるそうだ…涙)と研究熱心さ。そして何よりも、主演女優さんのオーラ…最初は戸惑って居た彼女も、或る瞬間からコツを呑み込んだらしく、撮影中盤には既にウチのトレーニング・ビデオに使いたい位(笑)、何とも魅力と迫力の或るオークショニアとなって居て、観て居るこちらも興奮する程のオークション・シーンが撮れた様に思う。

エキストラとしても協力した僕も、若しかしたら一寸は映っているかも知れないが(笑)、このドラマの詳細は、情報解禁になったら此処でお知らせしようと思うので、乞うご期待!

結局昨日の撮影は22時過ぎまで掛かり、今日からは京都で仕事なので、朝から移動。高山駅ではホームで不意に「桂屋さん!」と声を掛けられ、驚いて声の方を見るとデザイナーのFさんでは無いか!何と彼は高山が出身地だそうで、帰省して居たそう…世界は狭い。

雨の京都では、夕飯は久し振りに友人がオーナーシェフをやって居るフレンチへ。コロナ以前に行ったっきりだったのだが、以前大病をした彼は完璧に元気そうで、ステーキもフリットブラッターもトマトも超美味しく、涙が出そうに為る程安心する…最近涙脆くて困ります。

そんな僕は今日、何とも悲しいニュースを知る事と為った…高校生以来長い間行きつけだった神楽坂の甘味処、「紀の善」が9月一杯で何と閉店して仕舞ったのだ。

紀の善の「抹茶ババロア」は或る意味、僕の心の友で有った。百人百様の食べ方が有ったと思うが、僕は全部をグチャグチャに混ぜて食べるのが好きで、抹茶味のムース系ババロアと甘さ控え目の生クリーム、そして「脇役」に徹するあんこの絶妙なハーモニーを得るには、このグチャグチャな食べ方が、僕的には至上、最強で有った。

この抹茶ババロアで思い出すのは、雑誌「ブルータス」。今年の2月1日号にも「なにしろ あんこ好きなもので。」特集号が有ったが、今此処で云うのは、2013年11月1日号の特集号「あんこ好き。」の中の「100人のマイあんこ」の事だ(拙ダイアリー「『アート』より『あんこ』」→https://art-alien.hatenablog.com/entry/20131021/1382359847参照)。

僕はその名誉ある1人に選ばれ、3つの「マイあんこ」を出したのだが、実はその時この抹茶ババロアを僕は入れて居ない…何故ならば上に述べた様に、紀の善の抹茶ババロアのあんこはこの驚くべきスイーツに無くてはならない物では有るが、映画「タクシー・ドライバー」、或いは「ジェラシー」に於けるハーヴェイ・カイテルの様な存在で、主役では無いが、謂わば存在感満点の名脇役だからで有る。その名脇役ももう味わえないと為ると、寂寞の感が否めない。

嗚呼、悲しみのあんこ…さらば紀の善、さらば抹茶ババロア

 

ーお知らせー

*11月10日発売号から4週に渡り、「週刊新潮」内「とっておき私の京都」にて取材されています。初回は「龍安寺」…是非ご一読ください。

*11月1日発売「婦人画報」12月号内、「極私的名作鑑賞マニュアル」の連載11回目が掲載されました。今回は東博150周記念展から、力漲る狩野永徳の「国宝」を紹介しています。

*Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第17回、「コクホウ@ジューブン@マルノウチ」(https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB176O70X11C22A0000000/)が掲載されました。今回は10/1に丸の内にオープンした、静嘉堂文庫美術館を取り上げました。ご一読下さい!

*Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第16回、「007/チャリティ・ロワイヤル」(https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB2597A0V20C22A8000000/)が掲載されました。大好きな007フィルムは、今年60周年…アートと007に纏わるコラムです。ご一読を。

*9月1日発売「婦人画報」10月号内、「極私的名作鑑賞マニュアル」の連載10回目が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a41061897/art-yamaguchikatsura-220916/)。今回は「コドモ画報」特集号に因んで、ファンタジーな作品を紹介しています。

*8月30日刊の朝日新聞夕刊に、「アートの伴走者」の連載最終回が掲載されました(→https://www.asahi.com/articles/DA3S15402076.html)。5ヶ月間、ご愛読有難う御座いました!

*いつ見てもタメになる、ロバート・キャンベル先生の公式YouTube、「四の五のYouチャンネル」の最新回、「大正時代の掛け軸を現代に蘇らせた!」(→https://youtu.be/rPBiG2LHjVw)がアップされました。今回は先生が見つけた痛んだ掛軸が、表具師によって綺麗に生まれ変わると云うお話。僕も少しだけ出演しております。是非ご覧ください!

*拙著「若冲のひみつー奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」(PHP新書)のP. 60の一行目「せききょうず」は「しゃっきょうず」の誤り、P. 62の7行目「大徳寺」は、「相国寺」の間違いです。P. 100をご参照下さい。

*拙著第3弾「若冲のひみつー奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」が、PHP新書より発売になりました(→https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84915-7)。若冲をビジネスサイドから見た本ですが、図版も多く、江戸文学・文化研究者のロバート・キャンベル先生との対談も収録されている、読み易い本です。ご興味のある方はご一読下さい。

*拙著第2弾「美意識の磨き方ーオークション・スペシャリストが教えるアートの見方」が、8月13日に平凡社新書より発売されました(→https://www.heibonsha.co.jp/smp/book/b512842.html)。諧謔味溢れる推薦帯は、現代美術家杉本博司氏が書いて下さいました。是非ご一読下さい。

*拙著「美意識の値段」が集英社新書から発売となりました(→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1008-b/)。帯は平野啓一郎氏と福岡伸一先生が書いて下さいました。是非ご一読下さい!

*僕が出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで2023年3月28日迄視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!