「記念日」と「命日」、そして「蜘蛛巣城」。

昨日4月18日と云う日は、我等地獄夫婦の「結婚記念日」であった。

もう何回目か等、とっくの昔に忘れてしまったが(笑)、それでもこの日が「記念日」で有る事を忘れずに居られるのには、実はもう一つ理由が有って、それはこの日が、我々夫婦を引き合わせた人物の「命日」だからなのだ。

その人物とは、ニューヨーク裏千家茶の湯センター元所長の故山田尚先生…先生は2年前の4月18日早朝、ご自宅で静かに息をを引き取られた。

今でも昨日の事の様に想い出すのは、その日は前日からイェール大学に於いて大きな「茶の湯」に関するシンポジウムが開催されており、(此処が「如何にも」先生らしいとも云えるが…)その真っ最中に亡くなられた先生を偲んで、当時ニューヨークに滞在して居らした武者小路千家家元後嗣の千宗屋氏が、ご自身のデモンストレーションを山田先生への「献茶」として行って頂いた事で、この点若宗匠には今でも感謝の念が尽きない。

8年前の或る夏の日、先生が東京で催した10名程の夕食会に(「蟹道楽」で有った:笑)、偶々東京に同時期に居た筆者が参加し、先生に拠って「こちら、『お能』をやってる●●さん(ゲル妻の本名)」と紹介された、嘗て外国に居住した事の無い女性が、それから1年も経たずに筆者の妻と為ってニューヨークに渡り、今年坂本龍一氏と何と「仕舞と謡」でコラボをする事と為った。

時の経つのは早い物で、今年三回忌を迎えた訳だが、これも天界の山田先生の為せる「技」に相違有るまい…雲の上でニッコリと笑う先生の笑顔が、眼に浮かぶ様である。

そう、我が家の「記念日」は、人生の恩人の「命日」と共に有るのだ…先生、何時も「上から」見守って頂き、有難う御座います!

そんな昨日は仕事の後、ダウンタウンのFilm Forumで開催中のシリーズ「5 Japanese Divas」の内の1本、黒澤明監督1957年度作品、名作中の名作「蜘蛛巣城」(英題:「Throne of Blood」)を観に。

「見よ妄執の城の址 魂魄未だ住む如し それ執心の修羅の道 昔も今も変わりなし」

で始まるこの「蜘蛛巣城」は、何を隠そう筆者に取って、黒澤作品中では「用心棒」と共に大好きな作品で、若しかしたらNO.1かも知れない。「能」の要素をふんだんに取り込んだ演出、「マクベス」を下敷きとしつつ戦国の世に設定を置き換えた脚本、そして黒と白、光と闇、雨や靄、襖や小道具等のデザインに至る迄、この作品の何もかもが「黒澤」なのである。

さて、久々に大画面で観た「蜘蛛巣城」は、もう冗談抜きに迫力満点で超素晴らしく、例えば三船敏郎志村喬千秋実や脇役の加藤武に至る迄、男優達の「面構え」が今の男優達のそれとは全く異なり驚く…昔の男優は、何と良い「顔」をしていたのだろうか!

また、山田五十鈴の鬼気・妖気迸る演技、摺足や手腕の回し等、「能」を思わせる全ての所作は、「男が演ずるべき『能』を、女が『男を模して』」演じているが如くで、序にメイクも能面のそれ、何度観ても誠に興味深い。

この、まるで水墨絵巻を観る様な日本古典文化満載の名作、山田の演技のみならず前編を通じての「能」の要素は、黒澤の「能楽」への並々ならぬ関心を当然反映しているのだろうが、唯一点、最初と最後に「能の謡」の様に謡われる「歌」が何とも滑稽に聞こえ、甚だ残念に思うのは筆者だけで有ろうか(能楽師にきちんと謡わせれば良かったのに…)。しかし、三十三間堂の「通し矢」名人に実際に射らせたと云う最後の「矢」のシーンは、何度観ても恐ろしくも素晴らしい…さぞ三船は生きた心地がしなかっただろう(笑)。

また、古美術を扱っている者として一言付け加えると、山田五十鈴が主君の警護に当たっている寝ずの番の侍達を眠らせる為に飲ませる、薬の入った酒を抱えて出て来るシーンが有るのだが、そのシーンで山田の抱える「根来瓶子」は、古美術コレクターとしても著名で有った、黒澤明本人旧蔵の「ホンモノ」である。

この「根来瓶子」は室町期の作、数有る「根来瓶子」の中でも名品中の名品で、近年のオーナーから当社オークションに出品された後、現在は筆者の大顧客でもあるアメリカ人コレクター某氏の所蔵と為っている。この劇中使用された「根来瓶子」に関しては、「ホンモノそっくりの『高津商会製』」と云う噂も有るが、この瓶子を散々観て触り、売った本人が云うのだから(→http://www.christies.com/lotfinder/lot_details.aspx?intObjectID=3932893)…因みにお値段の方も「大名品」で有った事は云う迄も無い(笑)。

「記念日」と「命日」、そして「蜘蛛巣城」に共通する事は唯一つ…げに恐ろしきは人の「運命」、と云う事に他ならない。