コレクションの美しい終焉。

悦子プライスさんが亡くなられた。

悦子さんは、若冲など江戸絵画のコレクションで著名なジョー・プライス氏の奥様で、長い年月を掛けてお二人で素晴らしいコレクションを作り上げられた方だ。

悦子さんとジョーさんには、僕の30年に渡るオークションハウスでのキャリアの中でも、最も重要な仕事の一つを託して頂いた事、江戸絵画に関して多くの事を学ばせて頂いた事、いつも暖かくお宅に迎えて頂いた事など、感謝をしても感謝し切れない。

悦子さんは何時も何事にもハッキリしていて、ビジネスマインドにも長けた方だったので、鷹揚としたジョーさんとは素晴らしい組み合わせのカップルだった。また美術史に関しても小林忠先生に師事し、常に勉強熱心で博学だった事も忘れられない。

その悦子さんは諸事情でご覧になれて居なかった、出光美術館が購入した(プライス)コレクション展をどうしても観たいと云う事で、4月に来日された。その際の帰国される前日、辻惟雄先生共々お蕎麦屋さんでランチをご一緒した時もとてもお元気そうで、楽しいひと時を過ごさせて頂いたばかりだった。

そして悦子さんがアメリカに帰国した数日後にジョーさんが亡くなり、その時は悦子さんも我々も非常に驚き悲しんだのだが、今回の悦子さんの急逝を妹さんからお聞きした時には、これも余りにも急な出来事過ぎて、改めて言葉を失って仕舞った。

お二人が集められた「プライス・コレクション」の半分は出光美術館が購入し、残りの半分は既にLACMA(ロサンゼルス郡立美術館)に寄託されている。そのLACMAに寄託された作品群は、美術館と何某かの約束が有ると悦子さんから聞いていたから、そうなるだろう。

集めた作品を生涯大事にし、生前にその行き先を決め、後世に託す。

その意味でエツコ&ジョー・プライスという夫婦コレクターは、自分たちが集め、愛したコレクションをとても綺麗な形で後世に伝えたという事に為る…何とも清々しくも美しい「コレクションの終焉」ではないか!

そしてご夫妻が設立した財団「心遠館」はお嬢さんに引き継がれ、その財源はコレクションの売却金の中から確保され、日米間に別れたコレクションを基にして、美術史研究・文化交流の架け橋として継続する。

そんな「アート・コレクターの鑑」と云って良いお二人のご冥福を、改めて心よりお祈りすると共に、美術界の人間としてご夫妻と交流を持てた事を心より感謝し、誇りに思いたい。

ジョーさん、悦子さん、長い間お疲れ様でした。僕ももう少ししたら参ります。それまで彼方で、若冲蕭白、応挙や蘆雪、蛇玉や湖龍斎達とアート談義を楽しんでいて下さい。

合掌。

 

ーお知らせー

*9月1日発売婦人画報10月号内に、「極私的名作鑑賞マニュアル」が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a44895535/art-yamaguchikatsura-230921/)。今回は現代美術家杉本博司氏の「本歌取り」を取り上げました。ご一読を!

能楽誌「観世」(檜書店:昭和4年創刊)9-10月号の巻頭随筆に、拙稿「No Noh, No Life」が掲載されて居ます(→https://hinoki-shoten.shop-pro.jp/?pid=176721152)。能に興味ある方は、是非ご一読を。

芸術新潮9月号内、「千宗屋の飲みたい茶碗、点てたい茶碗」第百四回に、以前扱った「本手瀬戸唐津茶碗」が取り上げられて居ます。この茶碗を扱ったのは、もう16年も前の事…千氏との思い出と共に、懐かしく拝見しました。是非ご一読下さい!

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラムに、「Something to Sell?」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB0719K0X00C23A8000000)が掲載されました。「断捨離」と家に眠る宝探しに纏わるお話です。ご一読を!

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラムに、「あなたの眼を磨く23年後半のオススメ展覧会」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB194XX0Z10C23A6000000)が掲載されました。

*7月1日発売の婦人画報8月号内に、「極私的名作鑑賞マニュアル」が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a44512395/art-yamaguchikatsura-230720/)。今回は無頼の「ネオ日本画」アーティスト、天明屋尚の作品を取り上げました。

毎日新聞2月4日朝刊の書評欄「今週の本棚」で、社会学者の橋爪大三郎先生に拙著「死ぬまでに知っておきたい日本美術」が選ばれ、大変嬉しい書評を頂きました(→https://mainichi.jp/articles/20230204/ddm/015/070/005000c)。有難うございます!

*拙著「死ぬまでに知っておきたい日本美術」が、Yahooニュース(→https://news.yahoo.co.jp/articles/540878cae903be3340dd7c6ea5bc83b207dae2f3)で取り上げられました。ご一読ください!

*「青春と読書」2022年12月号に於いて、政治学者・音楽評論家・慶應大教授、そして小中高と同級生の片山杜秀氏に、暖かい書評を書いて頂きました(→http://seidoku.shueisha.co.jp/2212/read12.html)。有難うございます!

*拙著4冊目「死ぬまでに知っておきたい日本美術」(https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721242-6)が、集英社新書より刊行されました!少しでも日本美術に親しんで貰いたく書いた、分かり易い新書です。是非ご一読を!

*拙著第3弾「若冲のひみつー奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」が、PHP新書より発売になりました(→https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84915-7)。若冲をビジネスサイドから見た本ですが、図版も多く、江戸文学・文化研究者のロバート・キャンベル先生との対談も収録されている、読み易い本です。ご興味のある方はご一読下さい。

*拙著第2弾「美意識の磨き方ーオークション・スペシャリストが教えるアートの見方」が、平凡社新書より発売されました(→https://www.heibonsha.co.jp/smp/book/b512842.html)。諧謔味溢れる推薦帯は、現代美術家杉本博司氏が書いて下さいました。是非ご一読下さい。

*拙著「美意識の値段」が集英社新書から発売となりました(→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1008-b/)。帯は平野啓一郎氏と福岡伸一先生が書いて下さいました。是非ご一読下さい!

*僕が出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで2023年3月28日迄視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!