僕に取っての「老い」とは何か。

本当に久しぶりの更新だが、皆様お元気だろうか。

僕は酷暑の中久し振りに母を連れ、観世能楽堂お能を見てきた。今日は小鼓方飯田清一さんの会だったので、三番叟に続き一調や舞囃子が続く。

若手の喜多流の大島輝久、矢来観世の観世喜正両師は声が素晴らしく、その謡は違う種類の上手さで聴かせる。また宗家の力強い謡も健在。

だが驚くべきは、梅若桜雪師(僕に取っては六郎師)だった。

もうお一人では歩けない為、切戸口からは出られず、貴人口から二人に支えられながら舞台に出て来られ、「一調で」ではあるがプロンプター役だろうか、もう一人謡を付けての登場。

前回拝見した時よりも弱られた様に見えるそのお姿に、少なからずショックを受けたのだが、しかし師の声は朗々とし、流石の「笠之段」であった。

そして休憩後は本日の目玉、観世流若手のホープ坂口貴信師の「卒都姿小町(一度之次第)」だ。

「卒都姿小町」は観阿弥作と云われる重習いの老女物。高野山の僧達が京都へ行く途中、摂津国阿倍野の差し掛かると、朽ちた卒塔婆に腰掛ける乞食の老婆を見つける。僧は老婆のその態度に説教するが、老婆はその教養と含蓄のある言葉で、僧を言い負かしてしまう。只者でない老婆はその後も歌を詠み、僧を感心させたので、僧が老婆に名を尋ねると「小野小町の成れの果てだ」という。

小町は美しかった時代を懐かしみ、今の境遇を嘆くと狂乱状態になる。この時小町には、小町に恋をし、しかし小町に「百夜通ってくれば受け入れる」と云われ、九十九夜通った末に命尽き恋を成就できなかった深草少将の怨霊が取り憑いていた。小町は狂乱の内にその「百夜通い」の様子を舞うが、次第に醒め、後世成仏こそが人の道と悟る。

そしてこの難曲を未だ46歳の坂口師は見事に舞い、この「卒都姿小町」と桜雪師は、僕に「老い」を強烈に考えさせたのだが、今日僕にその「老い」を際立たせたのが、例えば観世三郎太君の溌剌とした舞囃子「安宅」に代表される「若さ」だった事も確かだ。

「老い」とは小町の様に過去を振り返る事。因果に苦しむ事…が、その因果をさえ懐かしむ事、叡智を持つ事も「老い」なのである。

「卒都姿小町」の様に、老いても最後は因果をも懐かしみ、叡智を持ち、桜雪師の様に身体に色々と有っても、声だけは名人である…そんな悟った「老い」を迎えたい。

今日僕は還暦を迎える。

 

ーお知らせー

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*拙著「美意識の値段」が集英社新書から発売となりました(→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1008-b/)。帯は平野啓一郎氏と福岡伸一先生が書いて下さいました。是非ご一読下さい!

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