娘・絵師・アート・ディレクター…その名は「お栄」。

例年に無く暖かいニューヨークに、悲しいニュースが流れて来た。鈴木清順監督が亡くなった…93歳だった。

僕に取って鈴木清順と云えば、何と云っても「ツィゴイネルワイゼン」と「陽炎座」だが、清順監督は女優もさる事ながら、原田芳雄松田優作、そして「夢二」の沢田研二等、男優の使い方が上手いと思う。

そんな鈴木清順は、大好きだった近年の「ピストル・オペラ」、そして俳優として出演した「ミロクローゼ」(拙ダイアリー:「出でよ、『熊谷ベッソン」!:『ミロクローゼ』@Japan Society」参照)が僕の記憶に残って居る最期だが、実は個人的に俳優としての鈴木清順を思い出す作品が別に有って、それは1996年の「必殺、主水死す」だ。

この「必殺!主水死す」は、ご存知TV「必殺シリーズ」全盛期の映画作品で、仕置人にはお馴染みの藤田まこと三田村邦彦と中条きよし、常連の菅井きんや白木万理も出て居るのだが、さて我らが清順先生はと云うと、映画のハナから「殺害死体」役で出て来て、然もその役柄は何と「葛飾北斎」なので有る。

武家のお世継ぎ争いに巻き込まれた清順先生演じる北斎は、人探しの似顔絵を描く様に依頼された末殺されて仕舞う。そしてその犯人探しを主水に依頼するのが、今回のダイアリーの主役、美保純演ずる処の北斎の娘「お栄」なのだ!

さて今回僕がこのお栄を取り上げた理由は実はこの他にも有って、それは今偶々読んで居る小説、朝日まかて著「眩(くらら)」の主人公もお栄、最近久し振りにDVDで観た新藤兼人監督作品の「北斎漫画」でも、大好きな田中裕子がお栄を演じて居たから。

この「北斎漫画」でのお栄は、北斎の娘以外にも北斎作品の「アート・ディレクター」役割を果たしても居るし、恋女房的存在でも有る。また「眩」では、渓斎英泉に仄かな恋心を抱く絵師としてのお栄も描かれて居るが、そのキャラクターは男勝りで破壊的だ。

さてお栄、別名葛飾応為のはっきりとした現存作品は少なく、応為の絵画と云えば例えば太田記念美術館所蔵の「吉原格子先之図」の様に、洋風画的な「陰影」を用いたモノが有名だが、僕がキャリアの中でラッキーにも扱った2点は、或る意味お栄の性格が最も出て居る作品だったと思う。

其の内の1点は、分かって居る応為落款の有る作品としては最大のモノで、現在クリーヴランド美術館所蔵となって居る、絹本著色掛幅の「関羽割臂図」(→http://www.christies.com/lotfinder/lot/katsushika-oi-operating-on-guanyus-arm-1340833-details.aspx?from=searchresults&intObjectID=1340833&sid=63845826-4010-4a94-8696-b369c0526bca)。

中国故事に基づいた、血に塗れ迫力溢れる本作品は、元高級外車販売の麻布自動車が持って居た麻布美術工芸館の旧蔵品だが、とても女絵師に拠るモノとは思えない。1998年のオークションで、4万から6万ドルのエスティメイトに対して、16万7500ドルの高値で売れた作品だ。

そしてもう1点は、父北斎の三十六景を彷彿とさせる、現在個人蔵の「竹林富士図」。まるで南国の椰子の木の様な竹林の向こうに富士が聳え立つ構図は遠近法を用いて居て、洋風画の要素が極めて強く、父親への挑戦とも受け止められる作品だと思う。この作品は10年位前にオークションに出したのだが、何故か売れなかった…買っとけば良かった(笑)。

日本近世美術史上、清原雪信や池玉瀾、浮世絵では山崎龍女等、文献にも出る程の女絵師は数少ない。その中でもこの応為ことお栄の存在は、大作家の娘で有り父親の作品のディレクター、そして女流絵師で有るに留まらず、「近代女性の走り」としても重要な存在なのだ。

勇敢で男勝りで、流行に早く好奇心旺盛、困苦や欠乏に平気で耐えられる、親父殿に迄サジェッションをする顎の出た娘…今で云う「肉食系女子」お栄。

大変な女性だが、魅力的でも有る(笑)。