夢の「スペシャリスト生活」?

すっかり秋の気配のニューヨークで、大ニュースが…NBCで放映されて居たタレント発掘番組「America's Got Talent」で、日本人ダンス・パフォーマーが初優勝し、賞金100万ドルを手にしたのだ!

この番組、筆者も偶に見ていたのだが、優勝したダンサーが独学で学んだと云うフリースタイル・ダンスは極めて独創的で、「マトリックス」や武道、鏡やフラッシュ・ライト、自身が出演する映像迄をも利用した新感覚のダンスは、投票した観客・視聴者のみならず、ハワード・スターンやハイディ・クラム等の審査員をも心底魅了した(→http://www.youtube.com/watch?v=QYsxeZ4AuBA)。

そのダンサーとは、蛯名健一…元々アポロ・シアターでの「アマチュア・ナイト」で年間優勝者に為って以来、彼の名声はニューヨークでは轟いて居たのだが、この番組での日本人アーティストの優勝は、本当に誇らしい。

「ケニチ」(マライア・キャリーの夫で有る司会のニック・キャノンは、「ケンイチ」をこう発音する)がクリエイトする、日本人ならではの芸術性の高さとテクニックの双方を兼ね備えたダンスに、これからも大注目で有る!

で、此方はと云うと、一昨日この秋の「日本・韓国美術オークション」が無事終了。

さて、そもそも今回のオークションに関して云えば、実は8月に開催した東京下見会の頃から「不吉な感じ」が漂っていて、それはセール前の大事な時にも関わらず、このオークションに関わる多くの同僚が骨折や脱臼、捻挫等を起して居て満身創痍の体だったからだ。

そんな同僚達を眺めながら、「ウーム、これはワタクシも気を付けねばいかんなぁ…」と注意して、生活且つ仕事をして来た甲斐が有ってか(セール直前の此方の下見会で、常連顧客の1人が骨折した右足をホイールに載せて会場に入って来た時には、流石に蒼ざめたが…)、「半世紀男」たる筆者は、「肉体的」にも「セール結果」も何とか乗り切ったので有った。

そして計343点を出品したセール結果はと云えば、ヴァリューで63.2%、ロットで58.9%を売り、総売り上げは520万1438ドル(約5億1668万円)。トップ・ロットは「李朝染付双虎文壷」で、4万-6万ドル(約400-600万円)のエスティメイトに対し、売却価格は何と93万9750ドル(約9335万円)!

以下高額作品は、キム・ワンキ「島のスケッチ」の66万3750ドル(約6593万円)、東洲斎写楽の相撲版下絵「大童山と谷風」と柴田是真の「漆絵画帖」が同額の、それぞれ33万9750ドル(約3375万円)と続いた。

その他には、葛飾北斎の扇面画帖や懐月堂度繁の墨摺大々判「猫と遊ぶ遊女」、写楽の細判三枚続等が10万ドル超の作品と為ったのだが、正直ジャンルに拠って可成りの偏りが出たセールで、全般的に版画や明治美術は非常に強いが、軸物等の絵画や江戸以前の工芸が弱いと云う事がハッキリとしたセール結果と為った。

さて、オークションが終わると、スペシャリストは漸くホッと一息吐ける。

1年で最も素晴らしい気候の中、アジアン・アート・ウィークの為の展覧会をしているギャラリーを歩き訪ね、一服のお茶を頂きながらマーケットの話をする。或いは、美術館を訪ねては、見逃していた展覧会を見て廻る。

その内に再び顧客の元を訪ね始め、それが新規の顧客で有れば、初めて出会うその人間性や作品に惹かれ、また馴染みの顧客ならば旧交を暖め、コレクションの進み具合や展覧会の事等を話し合う。

そして、見つけた作品に値段を付けてオークションへの出品交渉をすると、出品作品を集めながらオークションのキュレーションを始め、カタログ作りの為の所載歴や展示歴、来歴の調査をし、美しい図録を制作する。

図録が完成すると、今度は下見会…どの作品を、何処に、どの様に展示しよう?センスが問われる瞬間だが、それをやり終えた時の喜びは大きく、会場で1人腕を組んで、美しくディスプレイされた美術品達を見て悦に入るのだ。

と、此処迄が、年間を通じての「スペシャリスト生活」の中でも、最も愉快で心浮き立つ部分なのだが、世の中そうは甘く無く、古美術商でも研究者でも、編集者でもキュレーターでも無い「オークションハウス・スペシャリスト」は、会社と自身の生活の為に、せっかく集め、調査研究し、カタログを作り、展示した300点もの作品を、最終的に「売る」と云う義務的大仕事が残って居るのだ!

そして毎回下見会が始まると、「全品『BI』(Bought In:『親引け』の事)に為るのでは…」との悪夢を見る為夜は眠れず、胃が痛み始める。

「夢の『スペシャリスト生活』」とは、「『売らずに済む』オークション・スペシャリストの生活」の事かも知れない…が、悪夢と胃痛の末に、気に入った作品が高額で売れたりした日には、その歓びは名品を発掘した時のそれに勝るとも劣らず、何物にも代え難い。

と云う事で、また作品探しが始まる…そう、スペシャリスト生活とは「エンドレス」で、極めて「アディクティヴ」な仕事なので有る(泣き笑い)。


PS:先週土曜日にクリスティーズにて開催されました、日本クラブ主催の「ギャラリー・ツアー・レクチャー」には、多くの方にご参加頂きました。遅れ馳せながら、此処に厚く御礼申し上げます。有難うございました!


◎筆者に拠るレクチャーのお知らせ
●「特別展 京都洛中洛外図と障壁画の美ー里帰りした龍安寺襖絵をめぐって」
日時:2013年11月16日(土)、15:30-17:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
サイト:http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=220110&userflg=0
問い合わせ:朝日カルチャーセンター新宿教室(03-3344-1941)迄。


奮ってご参加下さい!