「The Sugar Shack」の奇跡。

先週一杯で、クリスティーズ・ニューヨークの20/21世紀美術セール・ウィークは終了し、印象派・現代美術・シュールレアリスム各分野の3つの素晴らしい個人コレクションを含むそのセールズは、計14億4119万6524ドル(約1873億5500万円)を売り上げ、大成功理に終わった。

その中で高額で売れた作品には、「20世紀に創られた如何なるアートの中でも、オークション史上最高額」と為ったウォーホルの「Shot Sage Marilyn」(1億9504万ドル=約253億3500万円→https://www.christies.com/en/lot/lot-6369449)や、モネの「国会議事堂」(7596万ドル=約98億7480万円ドル→https://www.christies.com/en/lot/lot-6367902)、「如何なる写真作品の中でも史上最高額」となった、マン・レイの「アングルのヴァイオリン」(1241万2500ドル=約16億円→https://www.christies.com/en/lot/lot-6368089)等色々有るのだが、「個人的に」最も特筆すべき作品は実は別に有って、それは20世紀美術イヴニングセールに出品された、アーニー・バーンズの「The Sugar Shack」(→https://www.christies.com/en/lot/lot-6368793)だ!

バーンズは1938年、ノース・キャロライナの生まれ。大学を中退し、コルツやブロンコス等に所属したプロ・フットボール・プレイヤーで有ったと同時にアーティストしても活動し、テキサス・ブロンコス時代の渾名は、同じ誕生日と云う事から「ビッグ・レンブラント」と云われて居たらしい(笑)。

そして1971年作のこの「The Sugar Shack」は、彼が幼い頃の経験に基づいて黒人達が踊り歌うダンスホールの熱狂を描いた作品だが、僕がこの作品を知っていたのには理由が有って、それは大好きだったR&Bシンガー、マーヴィン・ゲイが自身のアルバム「I Want You」(→https://www.youtube.com/watch?v=gjRLbzxz_3Y)に、この作品をアルバム・ジャケットとして使って居たからだ。

実は高校から大学時代に掛けて、僕はソウル、R&B、ディスコ、ファンク、クロスオーヴァーを含めたブラック・ミュージックと云う沼に嵌まり、DJのバイトをしたり、毎週の様に輸入レコード店(シスコやウイナーズ等)や中古盤屋に通い、ジャケ買いで失敗したりしながらレコードを買い漁って居た。

そんな未だアートにそれほど興味の無かった僕に取って、バーンズの絵はマーヴィンやクルセイダース、BBキング等のアルバムに見た、アートと云うよりは「レコード・ジャケット・イラストレーション」だった。

そのバーンズは2009年に亡くなったが、アメリカン・アフリカン・アートの分野に於ける功績は大きく、当にそのパイオニアと云っても過言では無いが、今回何処か見覚えの有ったこの「Sugar Shack」が、何とクリスティーズの20世紀美術の「イヴニングセール」に出品されるとは!そしてこの作品が「これぞオークション!」なセール・ロットと為った事は、最近稀なる嬉しい驚きと為ったので有る!

「The Sugar Shack」のエスティメイトは15万から20万ドル…オークションが始まると会場と電話ビッダーから多くの手が上がり、価格はアッという間に100万ドルを超えた。本来ならルール違反だが、会場には声を出して指値をする客も居て、否が応でも盛り上がる。

然しセールは簡単には終わらず、気がつけば競りは1対1の対決と為り、それまで威勢よく指値を声に出して来た会場のビッダーも、緊張からか沈黙した侭ビッドをし続け、久し振りに指値の声を放った時にはオークショニアから「Sir, I was missing your voice!」と云われ、会場から暖かい笑いが起こった程、緊張に包まれたセールと為った。

そして価格はドンドン上がり続け、1000万ドルを超えて、最終的にハンマープライスは何と1300万ドル、売却価格は1527万5千ドル(約19億8500万円)、エスティメイトの100倍を記録したのだった!

では、何故この「The Sugar Shack」の競りが「これぞオークション!」なのかと云うと、1500万ドル迄価格が上がった価格もさる事ながら、今時流行りの作家でも無く、短期的投機商品にも成り得ないこの作品を、どうしても欲しかった2人が落札予想価格の100倍になる迄闘ったからなので有る。

競りが終わった時、会場からは万雷の拍手が起き、セールルームはまるで「The  Sugar Shack」の絵画の中の様に熱狂と興奮に包まれた…そう「The  Sugar Shack」は、ニューヨーク・クリスティーズを「The Art Shack」にすると云う奇跡を起こしたのだった!

最高のオークションとは「予定調和の高額売却」でも無く、「こけ脅し付きやらせイヴェント」でも無く、「その作品を愛して止まない者が、どうしても手に入れたいと闘う事」なのだ。

 

ーお知らせー

*Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第15回、「寝苦しい夜には、背筋も凍るアートを」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB1453N0U2A710C2000000/)が掲載されました。今回は暑い夜を涼しくするアートをご紹介。ご一読ください。

*7月1日発売「婦人画報」8月号内「極私的名作鑑賞マニュアル」の、連載9回目が掲載されました。今回はパリ占領下で描かれたピカソの大作と、それを市民の為に公開する美術館のお話。ご一読下さい!

*6月25日刊の朝日新聞夕刊に、「アートの伴奏者」の連載第3回目が掲載されました(→https://www.asahi.com/articles/DA3S15338133.html)。

*Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第14回、「Absolute auction」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB304W30Q2A530C2000000/)が掲載されました。今回はニューヨークで開催された、これぞオークション、なオークションに就いてです。

*5月31日刊の朝日新聞夕刊に、「アートの伴奏者」の連載第2回目が掲載されました(→https://www.asahi.com/articles/DA3S15311161.html)。

*5月1日発売「婦人画報」6月号内「極私的名作鑑賞マニュアル」の、連載8回目が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a39961886/art-yamaguchikatsura-220520/)。今回は新装オープンした大阪藤田美術館の逸品と、大コレクター藤田傳三郎に就いて。ご一読下さい!

*4月26日刊の朝日新聞夕刊の新企画、「アートの伴走者」に寄稿しました(→https://www.asahi.com/articles/DA3S15278332.html)。この連載は月1回、5回続きますので、是非ご一読を!

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第13回、「『見つけ、買い、飾る」というゲーム」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB187VS0Y2A410C2000000/)が掲載されました。アートを部屋に飾る時のヒントを、ご一読ください。

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第12回、「『ルイトモ』芸術の発見」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB074K20X00C22A3000000/)が掲載されました。芸術の「類は友を呼ぶ」…是非ご一読下さい。

*3月1日発売「婦人画報」4月号内「極私的名作鑑賞マニュアル」、連載7回目が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a39422967/art-yamaguchikatsura-220318/)。今回はリニューアル・オープンした松岡美術館と、その所蔵品の中から「青花龍唐草文天球瓶」を取り上げました。ご一読下さい!

*2月24日付「日刊工業新聞」ウィークエンド版内「コンテンポラリーの嵐」(→https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00628916)で、僕の回の「下」が掲載されました。ご一読を。

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第11回、「アート・ミッション・ポッシブル 2022」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB242KU0U2A120C2000000/)が掲載されました。独断で今年必見の展覧会を紹介しています。ご一読下さい。

*1月28日付「日刊工業新聞」ウィークエンド版内「コンテンポラリーの嵐」(→https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00626083)で、恥ずかしながら現代美術コレクターとして取材されました。上下2回の掲載で、次回「下」は2月25日掲載予定です。ご一読を。

*12月27日発売「婦人画報」2月号内「極私的名作鑑賞マニュアル」、連載6回目が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a38740815/art-yamaguchikatsura-220114/)。今回は天王洲WHAT Museumで開催中に「大林コレクション」展を取り上げました。ぜひご一読ください。

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第10回、「『傷』と『繕い』の日本文化」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB175N30X11C21A1000000/)が掲載されました。今回は日本文化の大きな特徴である、「金継ぎ」に就いて。ご一読下さい。

*11月1日発売「婦人画報」12月号内「極私的名作鑑賞マニュアル」、連載5回目が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a38169828/art-yamaguchikatsura-211112/)。今回は楽美術館で開催中の「赤と黒の世界」に出展中の、長次郎作黒楽茶碗「萬代」を取り上げました。ぜひご一読を。

*いつ見てもタメになる、ロバート・キャンベル先生の公式YouTube、「四の五のYouチャンネル」の最新回、「大正時代の掛け軸を現代に蘇らせた!」(→https://youtu.be/rPBiG2LHjVw)がアップされました。今回は先生が見つけた痛んだ掛軸が、表具師によって綺麗に生まれ変わると云うお話。僕も少しだけ出演しております。是非ご覧ください!

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第9回目、「私的美術品立国論ノオト」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB112GX0R11C21A0000000/)が掲載されました。閉塞する我が国の美術行政と、国際美術品マーケットでの立ち位置に関して、個人的意見を書きました。ご一読を!

*10月10日付「産經新聞」朝刊内、「新仕事の周辺」に掲載されました(→https://www.sankei.com/article/20211010-TCXWXQ2EMVIVZGIS2ZE53JSMQI/)。ご一読ください!

*5月25日発売の雑誌「GOETHEゲーテ)」(幻冬社)7月号内「相師相愛」(→https://goetheweb.jp/person/article/20210606-soushisoai58)にて、武者小路千家家元後嗣の千宗屋氏との対談が掲載されています。是非ご一読下さい!

*拙著「若冲のひみつー奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」(PHP新書)のP. 60の一行目「せききょうず」は「しゃっきょうず」の誤り、P. 62の7行目「大徳寺」は、「相国寺」の間違いです。P. 100をご参照下さい。

*拙著第3弾「若冲のひみつー奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」が、PHP新書より発売になりました(→https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84915-7)。若冲をビジネスサイドから見た本ですが、図版も多く、江戸文学・文化研究者のロバート・キャンベル先生との対談も収録されている、読み易い本です。ご興味のある方はご一読下さい。

*拙著第2弾「美意識の磨き方ーオークション・スペシャリストが教えるアートの見方」が、8月13日に平凡社新書より発売されました(→https://www.heibonsha.co.jp/smp/book/b512842.html)。諧謔味溢れる推薦帯は、現代美術家杉本博司氏が書いて下さいました。是非ご一読下さい。

*「週間文春」3月12日号内「文春図書館」の「今週の必読」に、作家澤田瞳子氏に拠る「美意識の値段」の有難い書評が掲載されております(→https://bunshun.jp/articles/-/36469?page=1)。是非ご一読下さい。

*作家平野啓一郎氏に拠る、拙著「美意識の値段」の書評はこちら→https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/review/8124。素晴らしい書評を有難うございます!

*拙著「美意識の値段」が集英社新書から発売となりました(→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1008-b/)。帯は平野啓一郎氏と福岡伸一先生が書いて下さいました。是非ご一読下さい!

*僕が出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで2022年3月28日迄視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。