さらば「キング」…また会う日まで。

オミクロン株の猛威に人々は怯えつつも軽んじ、感染は広がり続け、未だ終息しない…そんな中、こんな事で久し振りにダイアリーを更新するのは悲し過ぎるのだが、書かずにはおられない。

それは先週の火曜日に届いた「キング」と呼ばれた男の逝去の知らせで、2週間近く経った今も僕は立ち直れずにいる。

彼と初めて会ったのは、恐らくは31年前のニューヨーク。大学で教えて居た父が、サバティカルでニューヨークに1年間住んだ時に、広告会社を辞めたばかりで美術業界にも入って居なかった僕が、鞄持ちとして付いて行った年の事だった。

僕より2歳下のキングは、日本一と云っても過言では無い古美術商の長男で、当時既にニューヨークにギャラリーを開いて居た。彼の父上と僕の父が美術業界で知己で有った事から、何かの食事の席で紹介されたと思う。そのニューヨーク滞在中の1年間に、僕は彼に何回かダウンタウンのビストロやバーに連れて行って貰ったりしたが、彼との関係性が深く増したのはそれから2年後、僕が今度はクリスティーズ・ニューヨーク日本美術部のトレイニーとして、そして2000年から17年間に渡り、ニューヨークの日本・韓国美術部門長として勤務した時だ。

「キング」は体格が良く、酒もグルメも、そして勿論モノ(美術品)も大好き且つ徹底して居て、その体格と強面に似合わず、人に気を遣い過ぎる位遣う優しい男だったが、僕は彼からニューヨークでのグルメや「クラブ」活動、カラオケ迄、遊びをどれだけ学んだか分からない。そして何よりもニューヨークでの、アメリカでの、海外での日本美術ディーラーの第一人者としての彼の知識や人脈は、特に2000年以降ニューヨークで苦しんだ僕の、公私共の救いと為った。仕事で苦しい時に、アッパー・イーストサイドに在った静かな彼のギャラリーに立ち寄り、愚痴を聞いて貰いながら美しい仏像を眺め、垂涎のお茶碗で頂く一服のお薄に、どれだけ助けてもらった事か!

その「キング」との思い出は数限りなくあるが、仕事上彼の「眼にやられた」事も今となっては良い思い出だ。例えば僕がNYに行ったばかりの頃に、某所から出してきた古い裂。染織に全く知識のない僕は、それを江戸期の袈裟としてオークションに出品して、数千ドルでキングが落札したが、後で聴くとそれは中国は元〜明時代の「印金」だった。また、これも僕が某所から出してきた桃山〜江戸初期と思われた観音図の画巻も、「キング」が落札した後暫くしたら京博の雪舟展に出て居たりして、自分の眼の無さに落ち込んだりしたが、これもキングの眼の為せる技。

その彼の日本美術への眼と愛は、長年METやクリーヴランドミネアポリス等の美術館キュレーター、ジョン・ウェバーやラファエル・バーンスタイン各氏等のコレクター、コロンビア、ハーバード、イェールやNYU等の大学の教授達の研究・収集を支え続け、その功績は計り知れない。その意味で彼亡き後、ニューヨークや米国の日本美術はどう為ってしまうのだろうとの危惧も大きい。

僕が「キング」と最後に会ったのは、確か去年9月末の事。その数ヶ月前に本人から肺癌に冒されていると聞き、京都を訪ねて一度食事をした時にはとても元気で、食欲も旺盛、抗がん剤も合っているとの話だったので、期待も抱いていた。そして今月の連休に会おうと約束していたが、その前日に「ちょっと調子が悪いので、退院したら…」との連絡があり、それきりに為って仕舞った。

 

「キング」こと、K.Yさん

「キング」とは「夜の帝王」の意味で皆で付けた名でしたが、貴方はNYに於ける日本美術の「キング」でも有りました。今から四半世紀前、千葉市美術館のレセプションの帰りに総武線快速の中で、僕が最初の結婚をする事を貴方に告げた時の君の驚愕と満面の笑みが、今でも忘れられません。そして付き合いが近付いたり離れたりしても、いつでも貴方はニューヨークでの僕の師匠、ライバル、同志、友人でした。

僕が2017年に帰国し、貴方が去年帰国を決め、これから日本で頑張ろうと云う時の貴方の訃報は、僕の心にポッカリと大きな、塞ぎ様の無い穴を開けて仕舞いました…が、僕等貴方の同志は、貴方の分まで頑張らねばならないと思いを同じにして居ます。

もう直ぐ還暦な僕等は、もう少ししたらそちらに参りますが、どうぞ貴方の父上、そして貴方と同じ日に逝った僕の父と一杯やって居て下さい。それまではニューヨーク時代に貴方が愛用し、乞うて譲って貰った黄伊羅保茶碗で一服頂きながら、また会う日を楽しみにする事にします。

合掌。

孫一

PS:米国の美術誌に、彼の追悼記事が出ました。改めて追悼の意を表し、此処に掲載します。→https://www.asiaweekny.com/blog/asia-week-new-york-celebrates-life-koichi-yanagi

 

ーお知らせー

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第11回、「アート・ミッション・ポッシブル 2022」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB242KU0U2A120C2000000/)が掲載されました。独断で今年必見の展覧会を紹介しています。ご一読下さい。

*1月28日付「日刊工業新聞」ウィークエンド版内「コンテンポラリーの嵐」(→https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00626083)で、恥ずかしながら現代美術コレクターとして取材されました。上下2回の掲載で、次回「下」は2月25日掲載予定です。ご一読を。

*12月27日発売「婦人画報」2月号内「極私的名作鑑賞マニュアル」、連載6回目が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a38740815/art-yamaguchikatsura-220114/)。今回は天王洲WHAT Museumで開催中に「大林コレクション」展を取り上げました。ぜひご一読ください。

*「陶説」2022年新年「酒器特集号」(→https://www.j-ceramics.or.jp/tosetsu-new/)に寄稿致しました。下戸なワタクシですが、憧れの酒器について書かせて頂きました。ご一読を!

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第10回、「『傷』と『繕い』の日本文化」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB175N30X11C21A1000000/)が掲載されました。今回は日本文化の大きな特徴である、「金継ぎ」に就いて。ご一読下さい。

*11月1日発売「婦人画報」12月号内「極私的名作鑑賞マニュアル」、連載5回目が掲載されました(→https://www.fujingaho.jp/culture/art/a38169828/art-yamaguchikatsura-211112/)。今回は楽美術館で開催中の「赤と黒の世界」に出展中の、長次郎作黒楽茶碗「萬代」を取り上げました。ぜひご一読を。

*いつ見てもタメになる、ロバート・キャンベル先生の公式YouTube、「四の五のYouチャンネル」の最新回、「大正時代の掛け軸を現代に蘇らせた!」(→https://youtu.be/rPBiG2LHjVw)がアップされました。今回は先生が見つけた痛んだ掛軸が、表具師によって綺麗に生まれ変わると云うお話。僕も少しだけ出演しております。是非ご覧ください!

*「Nikkei Financial」内「知の旅、美の道〜Journey to Liberal Arts」での連載コラム第9回目、「私的美術品立国論ノオト」(→https://financial.nikkei.com/article/DGXZQOUB112GX0R11C21A0000000/)が掲載されました。閉塞する我が国の美術行政と、国際美術品マーケットでの立ち位置に関して、個人的意見を書きました。ご一読を!

*10月10日付「産經新聞」朝刊内、「新仕事の周辺」に掲載されました(→https://www.sankei.com/article/20211010-TCXWXQ2EMVIVZGIS2ZE53JSMQI/)。ご一読ください!

*5月25日発売の雑誌「GOETHEゲーテ)」(幻冬社)7月号内「相師相愛」(→https://goetheweb.jp/person/article/20210606-soushisoai58)にて、武者小路千家家元後嗣の千宗屋氏との対談が掲載されています。是非ご一読下さい!

*拙著「若冲のひみつー奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」(PHP新書)のP. 60の一行目「せききょうず」は「しゃっきょうず」の誤り、P. 62の7行目「大徳寺」は、「相国寺」の間違いです。P. 100をご参照下さい。

*拙著第3弾「若冲のひみつー奇想の絵師はなぜ海外で人気があるのか」が、PHP新書より発売になりました(→https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84915-7)。若冲をビジネスサイドから見た本ですが、図版も多く、江戸文学・文化研究者のロバート・キャンベル先生との対談も収録されている、読み易い本です。ご興味のある方はご一読下さい。

*拙著第2弾「美意識の磨き方ーオークション・スペシャリストが教えるアートの見方」が、8月13日に平凡社新書より発売されました(→https://www.heibonsha.co.jp/smp/book/b512842.html)。諧謔味溢れる推薦帯は、現代美術家杉本博司氏が書いて下さいました。是非ご一読下さい。

*「週間文春」3月12日号内「文春図書館」の「今週の必読」に、作家澤田瞳子氏に拠る「美意識の値段」の有難い書評が掲載されております(→https://bunshun.jp/articles/-/36469?page=1)。是非ご一読下さい。

*作家平野啓一郎氏に拠る、拙著「美意識の値段」の書評はこちら→https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/review/8124。素晴らしい書評を有難うございます!

*拙著「美意識の値段」が集英社新書から発売となりました(→https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1008-b/)。帯は平野啓一郎氏と福岡伸一先生が書いて下さいました。是非ご一読下さい!

*僕が出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで2022年3月28日迄視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。