「寝たきり男」の濫読。

ほぼ毎日更新の為、「孫一は一体何時働いているのだ?」等とお褒めに預かっているこのダイアリー(笑)、初の4日間休業をさせて頂いた。

その理由は「ギックリ腰」(笑)。

正確には「ギックリ腰」ではなく、腰の後横をひねって軽い肉離れを起こした様だ。NYに戻った翌日の朝、いつもの様に時差ぼけの心身を引きずって起き、ストレッチとピラティス(の様なもの)をしたのが運の尽き。激痛と共に歩行、立ち座り等不可能になってしまったのだった。こんな事は生まれて初めてで、腰の強さは自慢だっただけにショックである。何とも老けた気がする…(泣)。

ドクターにも絶対安静を告げられ、心底楽しみにしていたレニー・クラヴィッツフィルモア・シアターも泣く泣くパスし(妻が友人と行き、大興奮で帰ってきた。何と前から2列目で、クラヴィッツの汗が掛かる程の距離で、超カッコ良かったとの事…涙)、来週に迫ったサムライ・セールの下見会セッティングも部下に一任、こちらは家のベッドでこの4日間、「不動の体勢」のまま過ごす事となった。

さて、そんな状況でも「不幸中の幸い」「忙中閑有り」とは良く云ったモノで、ブラックベリーを枕元に置きつつも、今回日本で仕入れて来た本を片っ端から読み始めたのだった。という訳で、今回はこの4日間に読了した、4冊の本について記そうと思う。

先ず、日本に居た時から読み始めて「寝たきり初日」に読了したのが、小玉祥子著「二代目 聞き書き 中村吉右衛門」。

元々筆者は吉右衛門の大ファンで、吉右衛門という役者は、重厚な役をやらせたら彼の右に出る者は現在の歌舞伎界には居ない、と思っている程である。この本は、吉右衛門の生涯を辿りながら、その人となりと芸術に迫る物だが、この中で一箇所、吉右衛門が中学高校時代(筆者のG学園の先輩に当たる)に親友同士となった、後の売れっ子作曲家、村井邦彦との交友に、特に思う所があった。

古典芸能の家では須らくそうだろうが、生まれた時から特殊分野の英才教育を受け、がその反面世間知らずと云うか、狭い世界にしか生きられない宿命を持ったアーティストには、外界の人間との交流、そこで出来る友人の存在が大成する為の一つの鍵ではないかと思うが、如何だろう。

吉右衛門の場合、「翼をください」(赤い鳥)「或る日突然」(トワ・エ・モア)の作曲者、ユーミンYMOを世に送り出した名プロデューサー、そしてアルファ・レコードの創立者である村井との10代での出会いは、御曹司として育てられた彼にとってはある種「異文化的啓蒙」であっただろうし、彼の「現在の芸術」に多大なる影響を与えただろう。「外の世界」は「内の世界」を極めるのに、疑いなく必要なのである。

2冊目は、植島啓司、九鬼(本来は「鬼」の字の最初の「ノ」が無い。)家隆、田中利典共著「熊野 神と仏」。

宗教人類学者の植島がモデレーターとなり、熊野本宮大社宮司の九鬼、金峯山寺執行長の田中が、日本に於ける「神仏習合」「神道修験道」について語る。この本は「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産になった事の、記念出版である。熊野本宮から伊勢神宮へと至る「伊勢路」、吉野へ至る「大峯奥駈道」、高野山へ至る「小辺路」にスポット当て、古来日本人の持つ「神」と「仏」の異種宗教に固執しない信仰・思想を再認する。筆者は九鬼宮司のお父上の代に、本宮にて色々とお話を聞く機会があったが、次回は是非「大斎原」(おおゆのはら)を訪ねねば、と心に誓った。非常に勉強になる一冊である。

さて3冊目は「西沢立衛 対談集」。

この対談集は、十和田市現代美術館、NYのニュー・ミュージアム、トレド美術館(ガラス・パビリオン)等の美術館建築で活躍中の建築家、西沢立衛が5人のアーキテクト(原広司伊東豊雄藤本壮介石上純也妹島和世)と1人のキュレーター(長谷川祐子)を相手に、自身の、若しくは対談相手の設計した建築物に於いての対談を収録する。

個人的には、対談者の選択に偏りがある様に思うが(SANAAファミリー?)、現在バリバリの建築家揃いで、「建築」と「街」の境界、有機的に繁殖する建築と云ったテーマが示される。個人的には、こういったコンセプトには何とも思わないが。欲を言えば、「議論」が少なすぎる(唯一、伊東豊雄が批判的)のが不満で、対談者の選択にも云えるが、もっと西沢と「正反対」「対立する」コンセプトのアーキテクトを呼んだ方が、より面白い物になったのではないかと思う。こういった対談は、予定調和という意味で所謂日本的とも云えるが…。

そして本日読了したのが、福岡伸一著「動的平衡」で、これが一番面白かった。

この人は、今売れっ子の分子生物学者で、ロックフェラー、ハーバード卒の経歴を持ち、翻訳・エッセイ・ドキュメント等、著書も多数有る。元々「サル学」から始まり、「宇宙」「脳」「免疫」「ウイルス」と門外漢ならではの興味を、サイエンス(思想)に持ち続けている筆者にとっては既知の話もあったが、最近何かと、売れっ子科学者に因る「情緒的」「日本的」なエッセイが氾濫する中、福岡氏の文章は如何にも科学者のそれで、筆者をその世界へと再び誘った。巻末に、以前此処で述べたライアル・ワトソンの「象と鯨」の話(「平安若冲製:ロミオとジュリエット」参照)が登場するので、これも一興。筆者お勧めの一冊である。

最後に、書籍では無いが、この4日間楽しませて頂いたブログをご紹介したい。それは筆者もこの所幾回か、BRUTUS誌上でお世話になった日本美術ライター、橋本麻里氏の「橋本麻里の日本美術コンフィデンシャル:東雲堂日乗」である。

余談だが、このブログ・タイトルは、もしかしたら嘗て筆者愛読の、永井荷風断腸亭日乗」からかも知れない…こちらも「紐育芸術日誌」にしようかな(笑)。流石本職のライター橋本氏の「日本美術への愛」溢れる、非常にタメになり且つ面白いブログなので、日本美術に興味ある方は是非一度お尋ね下さい! 
今日から「ARTS OF SAMURAI」の下見が始まった。痛い背中を押して出かけねば・・・。