「小説家」と「男」の死。

今日のニューヨークは大雪である。きっとファッション・ウイーク取材の為に昨日この街に着いた、某メディアの方のせいかも知れない(笑)…。

今朝も35分掛けて、エッコラとオフィスまで歩いてきたのだが、実は大雪の朝は嫌いでは無い。滾々と舞い落ちる雪は、汚いこの街を覆い隠してくれるし、舞い起る塵も抑えてくれるので、空気も新鮮に思える。そして何よりも嬉しいのは、人・車通りが何時もよりも大分少なく静かである事で、サクサクと音を立てるオーバー・シューズの音も耳に優しい。

実は此処数週間、数人の友人達から「何故、サリンジャーの事を書かないのだ!?」とのメールを貰っている。がしかし、サリンジャーの作品と云えば、「ライ麦畑でつかまえて」と「ナイン・ストーリーズ」しか読了しておらず、しかもそれは何十年も昔の話なので、残念ながら特に書く事も余り無いのが、正直な所。

こちらの新聞によると、この「伝説の作家」は1965年以来筆を絶ち、ニュー・ハンプシャーに隠遁していたらしい。昨年5月に尾骶骨を傷つけた以外は至って健康で、死因は老衰との事。91歳であった。死後16編の未発表作品が、書斎より見つかった(?)との記事も有ったが、おおよそ人生の半分を「隠遁」して生きてきた作家が「守って来た沈黙」とは何なのか…「守らざるを得なかった沈黙」なのかも知れない、と考えるのは少々意地悪過ぎるだろうか。

さてサリンジャーの死去に先立つ事9日、実はもう1人の作家がこの世を去った。ロバート・B・パーカー、「探偵スペンサー」シリーズの作家である。筆者の実家の部屋の本棚には、今でも早川書房から出た「The Godwulf Manuscript(ゴッドウルフの行方)」以来、「晩秋」迄の作品が綺麗に並んでいるのだが、そう筆者に取っては、ある時期パーカーの方が、サリンジャーよりも余程重要な作家であったのだ。

この「スペンサー・シリーズ」で有るが、筆者は全て「日本語訳新刊本」を買っていた事を覚えているから、「ゴッドウルフ」から「晩秋」迄と為ると、1976年ー1992年の間欠かさず新刊を読んでいた事になる。これは筆者の人生で云えば13歳から29歳まで…中学一年からロンドンに行く年迄…と云う事は、日本に在った青春期を、スペンサーと共に過したと云っても過言ではない。それ程影響力が有ったのだ。

スペンサーは「タフな男」の代名詞である。が、一時期読み漁ったチャンドラーの「マーロウ」やスピレーンの「ハマー」、マクドナルドの「アーチャー」やハメットの「スペード」等の所謂「ハードボイルド探偵」とは一線を画し、スペンサーの料理や、恋人スーザンとの関係、宿敵のホークとの友情等、それまでには無い、矛盾した云い方になるが「新型フェミニスト的マッチョ・タフガイ」の姿に惚れ惚れし、「男として、そう有りたい」と本気で思ったりしていた自分が、無性に可愛く懐かしい(笑)。そしてもう1つ忘れていけない事は、菊池光氏の素晴しい「翻訳」である…菊池氏の「美しく簡潔な日本語訳」に因って、どれだけスペンサーと云うキャラクターが生き生きとした事か!

そう云えば、昨日ダイアリーに書いた「A Single Man」の原作者Isherwoodは、幼少期にW.H.オーデン(拙ダイアリー:2009.10.27付参照)に会って、多大な影響を受けたそうだ…少年少女の心に影響を及ぼす「小説家」は、彼等の人生に取って余りに重要である。それが純文学でも、エンターテイメントでも。

このスペンサーの産みの親パーカーは、その作家本人の生活もスペンサーと比されていた様に記憶するが、昨年まで新作を発表する等、37年間に渡って65冊の本を出し、77歳の生涯を最後まで「書き続ける事」に因って全うした。

どちらが良いとも偉いとも云えないが、近い間隔で起った2人の「小説家の死」は比するに値する。そして、サリンジャーの死は確かに「小説家の死」で有るが、しかしパーカーの死に、「燃え尽きた男の死」とも形容したい「何か」を感じるのは、嘗てのファンの贔屓目なのかも知れない…。