或る「作家」の眼:MICHAEL CRICHTON COLLECTION.

金曜は、先ずホイットニー美術館の「Whitney Biennial」へ。

結果から云えば、最初に5階の「Collecting Biennials」を観てしまったのが全く以て「運の尽き」だったのだが、下3階に渡る「Biennial」には、本当にガッカリしてしまったのだった。

ここ数年「Biennial」を観て来ているが、年を追う毎に出展作品のレヴェルの低下を感じるのは、筆者だけだろうか。これは世界的傾向なのかも知れないが、昨今現代アートが余りにも「コンテクスト」に頼り過ぎていて、元来人間を感動させる、「美しさ」だけとは限らないアートの持つ強い「勢い」の様なモノが、全くと云って良い程感じられない…所謂「小手先」の作品ばかりなのだ。

最近「現代アートのコンテクスト」に少々ウンザリしている者としては、観る者をねじ伏せる位の「力技」的なアートの出現を待ち望んでいるので、全く以て物足りない…この「勢い」こそ「クオリティ」なのではと思うのだが。

その点「Collecting…」の展示作品は、当然「クオリティ」と「力」が有るのだが、その余りの差は首肯し難い程で有る。例えばトゥオンブリーの作品は、恐らく筆者が今まで観たトゥオンブリー作品の中でも最高傑作であったし、コンドーの巨大なブロンズ作品の恐るべき「力強さ」、ホッパーの恐るべき「孤独さ」等、やはり残る作品は違うなぁと、感動を新たにしたのだった。

そしてその晩は、若いアーティスト達とダウンタウンのイタリアン「P」で食事。メンバーは、世界的建築設計事務所「KPF」の若手建築家の二人、中国系アメリカ人のZさんと日本人のK君、ギタリストのS君、そして最近「デジタル・コンテンツ・オブ・ジ・イヤー'09/第15回AMDアワード」で新人賞、また制作したSOURと云うバンドのPV「日々の音色」で「文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門大賞」を受賞したM君(本当におめでとう!!)と筆者夫妻。若い才能達と話すのは、何時も刺激的…楽しい一時を過した。

そろそろ、今日の本題に移ろう。今月13日(火)迄、クリスティーズにて或る特別な「個人コレクション」の、スペシャル・ビューイングが行われているのだが、その「特別なコレクション」とは、一昨年に66歳の若さで死去した「売れっ子作家」、マイケル・クライトンが集めた現代美術コレクションの事で、来る5月11-12日の両日に売り立てに掛かる作品群である。

作家マイケル・クライトンと云えば、直ぐに思い出すのが「ジュラシック・パーク」だが、その他にも主演:ショーン・コネリー、音楽:武満徹で映画化された「ライジング・サン」や、マイケル・ダグラスデミ・ムーアが主演した「ディスクロージャー」等の原作者としても知られる。また自身も、映画監督もしていたらしいのだが(正直知らなかった…)、驚いたのは、子供の頃見て非常に恐かった覚えの有る、ユル・ブリンナー主演のSF映画「ウエスト・ワールド」や、ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド主演の「コーマ」等の映画を、彼が撮っていた事だ。

そしてこの「売れっ子作家」の名を、全米でより一層ポピュラーにしたのが、自身で脚本や製作総指揮を担当したTVドラマ「ER」(邦題:ER緊急救命室)だと思うが、この「ER」や「ジュラシック・パーク」、嘗て監督をした「臓器売買」をテーマにした「コーマ」や、ロボット・ガンマンが出てくる「ウエスト・ワールド」等のアイディアの源泉は、クライトンの「経歴」にこそ見つける事ができるのだ。

マイケル・クライトンは1942年にシカゴに生まれ、ハーバードに進学、先ず人類学を学んで学士取得、その後ハーバード・メディカル・スクールに進学し卒業。26歳の時には「緊急の場合は」をペンネームで執筆し、「アメリカ探偵クラブ・最優秀長編賞」を受賞。その翌年医学博士号を取った後、本名で「アンドロメダ病原体」を執筆し、大ベストセラーとなる。これでお分かりの様に、クライトンの創作活動の根底には、「人類学」と「医学」とが重要な礎となって存在していたので有る。

実は、嘗てこの人をアメリカのメディアで何回か見かけた時、何時も「この人こそ、『ジ・サクセスフル・アメリカン』だなぁ」と思っていたのだが、それはどう云う事かと云うと、

1.ハーバードで2科修了しており、メディカル・スクールを出ている。
2.医学博士に為ったにも係らず、「推理小説」で最も権威有る賞を獲っている。
3.その後ベストセラーを何冊も出し、それらの本では学んだ「医学」をふんだんに有効利用している。
4.映画やTVの脚本や監督、総指揮迄こなしている。
5.身長が「206cm.」も有った。

この5番目には「?」と思う方も居るかも知れないが、米国では男性の場合、体の大きさも「立身出世」の重要な要素の1つらしいのである。白人で、体格やルックスが良く、超インテリで、医者且つ推理小説家で、大ベストセラー作家…ちょっと聞くと「イヤな奴」と思いそうだが、豈図らんや、中々良い人だった様である。

さてそのクライトンのコレクションだが、これがまた実に素晴しい。先ずその白眉は、御馴染みジャスパー・ジョーンズの「フラッグ」('60-'66)。「御馴染み」では有るが、44.5x67.9cm.の程良いサイズ、カンバスに彩色紙コラージュ作品で、しかしこの「フラッグ」の作品としてのクオリティはかなり高く、見た目も素晴しいが、値段も1000-1500万ドル(約9億3000万円ー13億9500万円)と素晴しい。その他ウォーホルの「MAO」ラウシェンバーグの「Trapeze」、リキテンシュタインやジェフ・クーンズ等、コンテンポラリー・マスター達の「名作」揃いである。

それでは、アメリカの「売れっ子作家」はそんなに儲かるのかと思いきや、実はクライトンはジャスパー達とは非常に長い交友関係を持っており、彼自身'77年にはジャスパーの評論を書いている程で、かなり早い時期からポップ・マスター達の作品を買い始めていた様である。そのクライトンは、80年代初頭に自身のコレクションについて、

「自分は作品を買う時に、その作品がその作家のメジャーな作品か否か、典型的か否か、その作家が自分のコレクションに於いて目立つか否か等は、全く考えた事が無い。唯一、観て楽しめるイメージかどうか、そしてその作品と生活するのを楽しめるかどうかだけだ。」

と語っている通り、勿論かなりのお金も持っていたであろうが、実際彼は「感覚」と「眼」の人であった様に、筆者には感じられる。

そしてそれは、このビューイングを観れば一目瞭然で有るので、是非ご覧頂きたい。

(13日迄に観れない人もご心配無く…5月7-11日迄再び下見会が有りますので!)