「ヤル気」を起こさせた、或る休日の出来事。

昨日のマンハッタンは、朝は雨、午後から暑くなり散歩日和、と思ったら半ば過ぎから大変な「強風」になった。そして今朝見てみると、街路樹の枝は折れて落ち、気温も10度位に落ち込み、皆ジャンパーやコートを着て歩いている…女性の如き「気まぐれ」な天候も(笑)、いい加減にして欲しいものだ。

さてその昨日はと云うと、早めのブランチを取りにイースト・ヴィレッジのピッツァ・ハウス「Motorino」へ、旨いとの評判を聞きつけて行って見た。此処のピッツァはナポリターノで極薄の生地にシンプルな具…食してみると、確かに旨い事は旨いが、良く行くチェルシーの「Company」の方に軍配を上げる結果となった。

その後暫く陽光の下を散歩し、「Phillips」の現代美術の下見会へ向かう。

Phillipsに着くと先ずは、同時開催のコンセプト・セール「AFRICA」の下見。Phillips の「コンセプト・セール」とは、例えばこの「Africa」や「SEX」の様に、通常のセールとは異なり、出品作品に対し或る「コンセプト」を決めて開催する、ユニークな物だ。今回の「Africa」も、勿論アフリカ人アーティストが中心であるが、例えば今人気の有るKehinde Wiley等の作品も入っていて、中々楽しめる。しかし、やはりアフリカの現代美術は、残念ながら質的にイマイチ感が拭いきれなかった。

「Africa」を後にし、階を上がって「現代美術」の下見会場へ。会場に入ると、旧知のジャン・ミッシェルが挨拶に来て、ウォーホルやプリンス、村上、奈良、杉本等などの御馴染みのラインナップを観る。しかしPhillipsの良い所は、下見会場で「シャンパン」が昼間から振舞われる所で(笑)、妻は早速一杯…大きな窓から見える「ハイ・ライン」やハドソン川も手伝って、気分も良い。

そしてギャラリーを徘徊していると、作品を真剣に見詰る見覚えの有る1人の男が…ジーンズに「CVS」(コンビ二)の袋をぶら下げ、カジュアルな出で立ちだが、この「大男」を見間違える筈も無い。近寄って「Hi, Ed!」と声を掛けると、振り返って「Hi, Mago(ichi)!」とニッコリ…クリスティーズの「CEO(世界統括経営責任者)」の、エドワード・ドールマンその人であった。

エド1984年入社、元々クリスティーズ・ロンドンの第二会場である、「サウス・ケンジントンCSK)」の家具の専門家で、その後CSKのマネージング・ダイレクター(MD)、アムステルダム、そしてアメリカのMDを経て現在CEO職にある、云わば叩き上げで、ラグビーやセイリングが大好きなスポーツマンでもある…そして彼の「クマさん」の様な風貌は、会う人に親しみを持たせるのに一役買っているに違いない。

エドには「ピカソ」のお祝いや、妻を紹介したリして、暫し四方山話。しかし如何に「現代美術ウイーク」と云えども、クリスティーズの「CEO」が一人で、しかもジーンズにCVSの袋を持って競合会社の下見に来、真剣に作品と値段を観ている…正直「ウチのボスは流石だなぁ」と思った。

筆者は一度だけ、エドの部屋に招かれた事が有る。それは、2年前の例の「大日如来」のオークション翌日の事で、朝彼の秘書から電話で呼び出しが有り、何事かと恐る恐る部屋に入ると、部屋の壁には「デ・クーニング」が掛かり、彼は窓際に立っていた。声を掛けると、エドは振り向きざま、ニッコリと微笑みながら近寄って来て、先ずは力強い握手。そして開口一番「Mago, well done (良くやった)!」と云った後は、「孫一、君は世界のアート・マップから消えていた『日本』を、その地図に復活させたのだよ…本当に良くやった!」と続けた。

その時のエドの言葉は、非常に心に響き、涙が出そうになったのだが、それはそもそも「出世」に興味も無ければ「出来もしない」、単なる「スペシャリスト」である筆者は、「日本美術」の品質的、そして金銭的「価値」を何とか世界に知らしめたい、とだけ思いながら頑張っていたのだが、しかし侭ならず、ニューヨークに来てからの苦しい日々(筆者が来た2000年以来、日本経済の低迷等も有り、『日本美術』オークションは苦難の日々を送っていた…サザビーズが「日本美術部門」自体を閉鎖した事でもお分かりになるだろう。)を思い出したからである。

エドはこんな事など、もうとっくに忘れているだろうが、筆者はこの「言葉」を一生忘れないだろうし、もう一度彼の口から同じ言葉を聴いてみたいとも思う…それは、「日本」を今一度「世界地図」に戻したい、そして尊敬に値するボスに、「『日本』が、またワールド・マップに戻ってきた」と云わせたいだけなのだ。

競合会社の下見会で、「散歩」の格好で、真剣に作品と値段を観る自社の「CEO」に出会い、ヤル気がまた少し起きて来た…どんな仕事でも、部下にそう思わせるのは、ボスの「人格」と「行動」に他ならないだろう。

不思議な、しかし有意義な休日で有った。