「再生」、或いは「呼び継ぎ」の心 。

暖かい、晴天のニューヨークに戻って来た。

到着してアパートに向かう車中で何時も思うのだが、たった13時間前迄は日本で多く(殆ど)の日本人を見て、日本語を話し、日本の風景を観ていたのに、今はニューヨークで雑多な人種を見、英語を話し、全く異なるニューヨークの風景を観ている…テレポテーション(だっけ?)したみたいだ。

さて恒例に為った感が有るが、ANA10便内で触れた、優れた「アート」に関して記そう。

今回取り上げたい作品は、2008年度制作、英国アカデミー賞外国語映画賞を受賞したフランス映画、「Il y a longtemps que je t'aime(邦題:ずっとあなたを愛してる)」。監督・脚本は、フランス現代文学界を代表する作家で、「灰色の魂」「リンさんの小さな子」等で知られるフィリップ・クローデル、そしてこの作品は「再生」の物語である。

6歳の息子を殺し、16年間の刑務所暮らしを終えた元女医の主人公が、「不在者」としての自分を「存在者」として、恰も一度完成したにも拘らず、不足の出来事でバラバラに壊してしまったジグゾー・パズルを元に戻すかの様に、と云うよりは、落として割れてしまった茶碗を「呼び継ぎ」で修復するかの様に、木端微塵と為った「心と愛」を寄せ集めて形作って行く、と云う意味での「再生」の物語なのだ。

主演のクリスティン・スコット・トーマスは、筆者の最も好きな女優の1人で(因みに他には、ジュリアン・ムーアマリオン・コティヤール等)、何と云っても「イングリッシュ・ペイシェント」での素晴しい演技(特に砂漠で野営する時の、隠し芸としての「1人語り」のシーンの美しさ等)は、筆舌に尽くし難い。

この作品中でも彼女の演技は、恐ろしい程のリアリティを持ち、英国人とフランス人とのハーフの殺人犯役の役作り、ノーメイクの素顔の美しさを以てしても、現代最高の女優の1人と云って過言では無いだろう。そして、主人公である姉を「失いながらも愛し続ける」妹役の、エルザ・ジルベルスタインの演技も如何にも自然で好感が持てる。

主人公が或る理由で息子を殺害し、その行為に因って一度破壊してしまった自分の「心と愛」の再生は容易ではない。何故ならそれは、決して元通りには為らないからで、それは割ってしまった茶碗の破片を、幾ら集め、掻き集めても、そしてそれらを「継いだ」としても、決して見つからない数ミリ四方の破片に拠る穴は、漆や箔の様な「他のモノ」で塞がねばならないからだ。

しかし、日本の焼物に於ける「呼び継ぎ」とは、決して元の陶片を使って「元通りに修復する」事だけでは無い…それは、例えば壊れたのが志野茶碗なら、雰囲気の合う他の志野茶碗の陶片をも使用して「別の」志野茶碗にする「修復」も含み、それは結果的に「新たな美」を持つ「別の」茶碗を産み出すのである。

一度壊れた心や愛は、完璧に治ったり癒えたりする事など無い。それよりも、再生の段階で、心の隙間を持ったり、元とはちょっと異なった形の「心や愛」の形成を目指す方が、より現実的では無いだろうか。この映画で、主人公が周りの人々の理解と協力、そして「愛」で少しずつ取り戻す人間性は、「再生」と云うよりは寧ろ「新生」と呼ぶに相応しいのかも知れない。

作者クローデルの素晴しい脚本、スコット・トーマスの余りにも美しくも繊細な演技。ヨーロッパを強く感じさせる繊細な心理描写の、一級品の名作である。