"DAS RHEINGOLD":Opening Night Gala@メトロポリタン歌劇場。

さて、月曜の昼過ぎにシカゴから戻って来た訳だが、オヘア空港では飛行機の出発が遅れ、到着したラガーディアでは45分も荷物が出て来ず、終いにはアナウンスと全く違うクレームからバゲージが出て来て、皆あたふた。

その上待っている筈の車も見当たらず、気の短い筆者はタクシーに乗り、怒り心頭と疲れの極致でアパートに辿り着いたのだが、それも束の間、数時間後には再びブラック・タイとタキシードを着用し、今度は妻を伴って出掛けなければならなかった。

こう云うと、まるで仕事の様に聴こえるかも知れないが、実はこの晩は「嬉しい方の」ブラック・タイ・ディナーで、日頃大変お世話になっているA氏ご夫妻から、今シーズンのメトロポリタン歌劇場の「オープニング・ガラ・コンサート&ディナー」に、夫婦でご招待を受けたからである。

このMETの「ガラ」に行くのは生涯2度目なのだが、最初は一昨年、その時もA氏のご招待で、演目はレネ・フレミングをフィーチャーした幾つかのオペラからの抜粋であった。公演後のディナーでは、VIPであるA氏の紹介でMET総裁のピーター・ゲルブ氏にも会え、また憧れのヨー・ヨー・マとも会い色々と話も出来たのだが、別れる際に名刺を彼に渡したら、数日後に本人からサイン入りCDが三枚送られて来た、と云う夢の様な想い出も有る。

中一日置いての「ブラック・タイ・ディナー」は、肉体的・精神的にはもう苦痛以外の何物でも無いのだが、このガラ・コンサートだけは仕方が無い…己の楽しみの為なのだから!6時前からVIPの為の開演前カクテルが始まっていたので、先ずそれに駆けつける。METに着き、混雑を掻き分けて歩いていると、着飾った顧客や同僚等とも偶然会ったりしたが、お互い何時と違う格好なので、何処か不自然(笑)。そしてA氏ご夫妻ともやっと会え、いざ劇場内へ。

今年のシーズン・オープニングは、ワーグナーの「ニーベルングの指輪」の「序夜」、「Das Rheingold(邦題:ラインの黄金)」である。またこのシリーズは、マエストロ・ジェームズ・レヴァインの活動40周年の記念公演でも有るらしい。劇場内に移った満員の人々は、中々着席せず社交に忙しそうだったが、ふと真後ろの席に眼を遣ると見覚えの有る顔が…アラン・ギルバートその人であった。A氏を紹介しながら皆で挨拶をすると、徐に、そして少し恥ずかしそうに「下手ですけど…」と日本語で話し出したのだが、A氏も筆者も「何故か」ホッとしたのであった。

そして「Das Rheingold」が開幕。

舞台セットはミニマル・シンプルで、12本の鉄の棒状の板が並び、それに最新のコンピューター制御装置に因ってライトやCGがその板に投射され、その一枚一枚が自在に動く…のだが、演奏中・歌唱中に関わらず、その作動の際に「ガタッ」「ゴトッ」と云う音が聴こえて来るのが、気に為って仕方が無い。この舞台装置は今回の「売り」の一つで、演出(ライティングやCG、音響等)は勿論変えるのだが、この「ラインの黄金」だけでなくその他の「指輪」からの演目も、全てこの舞台装置を使うそうで、ちょっと今後が心配である。またディナー時にMETの人から聞いた話では、ラストの場面でCGに拠って「虹の道」が示され、そこを歌手達が登って行く事に為っていたが、機械が上手く作動せず割愛されたらしい。今後事故が起きねば良いが…。

歌手の方はと云うと、何しろヴォータンの妻フリッカ役のステファニー・ブライスが断トツに素晴しい!そしてもう1人挙げるならば、アルベリヒ役の黒人バリトン、エリック・ロウエンスで、この2人はちょっと他の出演者と「格」が違うと感じた。

観終ってみると、セットはミニマル・現代的にしようと試みたのだろうが、シンプル過ぎて盛り上がりに欠けた感が強い…終演後は「ブラヴォー」の声と、実際「ブーイング」も有った程である。また元来「ワグネリアン」で無い筆者と妻に取っては、3時間のノン・ストップ・ラインゴールドは少々辛かった…やはり、我々には「ラテン系」の方が合うのかも知れない(笑)。

場所を移してのディナーは、恒例のテント…フォーマルな「シッティング・ディナー」だが、METの人に拠ると、今回は1300人が出席したそうだ。席を探して会場を練り歩いていると、メグ・ライアンパトリック・スチュアート等のセレブも来ており、やはり華やかな雰囲気…これぞ「ザ・ニューヨーク」と云う感じで有る。そうこうして、やっと見つけた我々のテーブルはメイン・テーブルの直ぐ側、出演者テーブルの隣でレヴァインも直ぐ其処に居ると云うVIP席、全てA氏の御蔭…もうお礼の云い様も無い!また、流石にMET、食事はかなり美味しく、特に前菜の「秋野菜の『ナポレオン』」は、金箔を貼ったパイ地(「ゴールド」故に!)がサクサクして、それと新鮮な野菜とチーズとのバランスが絶品であった。

結局3日間の内に2晩、アメリカ第一と第三の都市での、世界に名高いオペラハウスと美術館でのフォーマル・ガラ・ディナーに出席したのだが、この経験は非常に貴重且つ面白く、二つの異なる都市と異なるアート分野に於ける、集まった異なる人々、出された異なる料理、異なる雰囲気を楽しみ、そして学ぶ事が出来た気がする。A氏ご夫妻、本当に有難う御座いました!

そして10時過ぎから始まったディナーは、夜中過ぎに漸く人々が帰り始めた…。

かなりのハード・スケジュールで、体は正直大層疲れたが、満足感も最大級な一日であった。