八面六臂な一日:「炉開き」、「放電場」、そして「シュラスコ」。

先日此処で、現代美術家杉本博司氏の叙勲の慶賀を記したが、もうお一方、筆者に身近な美術関係の方が叙勲された。

日本美術史家でコロンビア大学名誉教授の、村瀬実恵子先生である。先生にはクリスティーズ・ロンドン勤務以来、今でも一方ならぬご指導を頂いているのだが、本当に素晴らしい事である。ご本人は何年も「イヤダ、イヤダ」と拒まれた(と新聞にある)そうだが、滔々観念されたらしい…杉本氏と共に、海外での「王道的実績」の賜物であろう。お二人に、心よりお祝いを申し上げたい。

さて週末金曜日は、盛り沢山の一日であった。先ず午前中は、裏千家ニューヨーク茶の湯センターでの「炉開き」。「茶人の新年」は此処ニューヨークにもやって来て、ご招待を受けた筆者は、いそいそとお出かけ。

69丁目のセンターに伺うと、もう殆どの参加者が来ていて、直ぐに席入と為る。何時来てもこの「茶の湯センター」は、中に入ると「本当に此処はマンハッタンのド真ん中か?」と思う程静かで、水を打った中庭等もまるで日本に居る様だ。茶室に入ると、床には軸、信楽の花入には珍しい椿、床脇には茶壷が飾られ、如何にも「炉開き」の雰囲気を呈している。

亭主役の先生の挨拶に続き、「善哉」が出され、お茶を頂く。妻には「『炉開き』は、濃茶だから!」と聞いていたので、前夜・朝と作法を特訓したのだが(お茶会の度にやってる筆者とは、一体何なのだろう:涙)、何と薄茶でガックリ。しかし美味しく頂き、ニューヨークでは普段感じられない、「秋」と云う季節を堪能することが出来た。

午後はオフィスに戻り、黙々と仕事。そして夜は、PACE GALLERY Chelseaでの「Hiroshi Sugimoto:The Day After」展オープニングへ。

杉本氏は、SONNABEND→GAGOSIAN→PACEとニューヨークでの画廊を移って来たが、この日がPACEでの初日。着いて見ると、画廊は大変な賑わいであった…流石世界のSUGIMOTOである。友人知人の現代美術家ギャラリスト、メディア関係者等と挨拶をしながら、作品を拝見する。因みに、日本から「WOWWOW」のテレビ・クルーも来ていて、杉本氏の特番を作るそうである…クリスティーズでの取材もあり、非常に楽しみだ。

さて作品だが、「Dioramas(ディオラマ)」から「Seascapes(海景)」、そして新作の「Lightning Fields(放電場)」シリーズが展示されており、その中でも圧巻だったのが、「放電場」の連作大作。この大作は何処か長谷川等伯の「松林図」を思わせ、その「放電の稲妻」は恰も靄に煙った松の様に、時には幽かに時には激しく、漆黒のバックグラウンドに現れる…迫力が有りながらも、気品の有る静謐な作品であった。

そうこうしている内に、群衆の中に小柳敦子氏といらっしゃった杉本氏を発見。叙勲のお祝いの後は、暫し来年3月に公演が予定されている「杉本文楽」や、来年3月のオークションに出品させる為、今頑張っている或る作品の事等を熱く語る。この「杉本文楽」では、新しい形の人形遣いが用いられ、その斬新さに遣い手達も興味津々で、遣い手からの出演依頼や問い合わせも多いそうだ。こう云う話を熱く語る杉本氏を見ていると、成る程、このアーティストのアートは、杉本博司と云う人の「粋」や「数寄」と云った魂から生まれるのだな、と妙に納得する。

氏の古美術(特に「平安」!)、神道や仏教、本地垂迹、建築、能、文楽、落語、宇宙、化石、人体等への著しい興味が「時間」と「歴史」に因って濾過され、其の全てが氏の「芸術的子宮」に厳然と存在しているに違いない。そう云った意味では、その創造過程は或る意味「光琳」的とも云えるが、その作品への昇華の仕方が、当然現代的且つ杉本的プロセスを踏んで作品化されているのである。素晴らしいショウであった。

そしてPACEを出た後は、ディナーの為ミッドタウンに在るシュラスコ料理店「P」へ。この店でのディナー・メンバーは、前日シンポジウムで大活躍された山下裕二先生と浅野研究所の広瀬麻美さん、現代美術家大岩オスカール夫妻と我々夫婦の6人。このメンバーだと、何時もはダウンタウンの「C」へ行くのだが、この日は趣向を変えてオスカールお勧めのシュラスコにしてみたのだった。

何とも広いレストランに入り、席に着きふと見ると、テーブルの上に人数分の「緑」のコースターが置いてある。しかし、これを只のコースターと思ったら大間違いで、裏を返すと「赤」に為り、オスカールに拠るとこれは「もう、お腹一杯!」のサインで、「緑」の侭だと「わんこ蕎麦」ならぬ「わんこ肉」状態が続き、ありとあらゆる種類の肉が皿に乗せられ続けると云う、嬉しい様な恐ろしい様なシステムなのである。

オスカールの号令で、皆先ずはサラダ・ビュッフェへ向かう。「肉とデザートの為に、最初食べ過ぎちゃダメだよ!」と云うオスカールの忠告は、十二分に頭に入っていた筈なのだが、人間とは斯くも弱く卑しいモノで(笑)、サラダ・バーを一周した頃には自分の皿はテンコ盛りに…つくづく自分はダメな人間だと思う(涙)。

テーブルに戻り、ブラジル名物のチーズ・ブレッド「ポンデケージョ」と共にカイピリーニャ等で乾杯し、ディナーがスタート。山下先生がたった一日違いで見れなかった、燃えてしまったオスカールの「幻の作品」の話や、前日の白隠シンポジウムで筆者が持っていた質問、例えば白隠と大雅、白隠と江戸浮世絵師の関係、また画家の「パトロン、地域別の画業」等に関する事を先生にお尋ねしたりして、食欲と共に会話も和気藹々と進む。来年3月には、山下先生が担当される江戸東京博物館での、恐るべき幕末絵師狩野一信の「五百羅漢展」(何と、百幅一挙展示との事!)や、白金アート・コンプレックス全館挙げての、ビルごと「1周年記念展」のお話等、山下先生、相変わらず八面六臂の大活躍である!

さて、そんなこんなで「肉」に突入。全員コースターを「緑」にすると、早速店の男達が串刺しにした各種肉を持って来て、それを頂く。ウンマイ…美味過ぎる!肩だの腰だの腹だの、牛だのラムだのソーセージだの、もう食べ捲くり、先生にも「流石、ぐっさん!」と妙なお褒めの言葉を頂いたが、終いには、筆者の食欲を見た男達は、コースターの「赤」の面が出ているのも係らず平気で肉を提供し続け、それを受け入れ続けた筆者は妻の眼が余りに恐ろしく、正面に座った彼女の顔を見ない様に努力したのも事実である(笑)。

そしてデザートもきちんと頂き、再会の約束をしてディナーは終了。

何とも盛り沢山な、八面六臂に活躍する人々との一日だったが、やはり持つべき物は「良き人生の先輩達と友人」と「良き食事」に尽きる。物凄く刺激を受けた、良い日であった。