「現代美術」と「冬時間」…損した様な、得した様な。

突然だが、仕事柄、新聞の「お悔やみ欄」には必ず目を通す。

これは、オークションに「個人コレクション」が出て来る最も重要なチャンスと云われる3つのDで始まる言葉、所謂「3『D』」の一つである「Death」(コレクターの「死」)を、日々確認する為である。因みに残りの2つの「D」とは、「Divorce」(離婚)と「Debt」(負債)で、此れでお分かりの様に、美術品が動く時とは或る意味「不幸な事件が起きた時」が多い訳で、この仕事も「死神」的部分が有ると云う事だ(笑)。

その「お悔やみ欄」、今日は美術関係者は見当たらなかったが、ふと見ると「ジョー樋口」の名が…あの全日本プロレスの名レフェリーでは無いか!子供の頃、良く「世界最強タッグ」等を見ると、ザ・シークやブッチャーにコテンパンに痛めつけられていた、細身でボウル・ヘッドのジョー樋口。今年は新日の山本小鉄氏も亡くなり、往年の名レフェリーが次々と…(涙)。心よりお悔やみ申上げる。

さて今朝は、小雪(初雪だ!)混じりの木枯らしが吹き荒ぶ中を、歩いて出社。話は遡って、昨日日曜の午前2時、ニューヨークはやっと「冬時間」を迎えたのだが、土曜の夜に1時間時計の針を遅らせ、束の間の惰眠を貪るには持って来いの日曜であった。面白い物で、人間前日より1時間余裕が出来ると、時の流れが非常に遅く感じられる。此処の所多忙だったが、昨晩は中学時代同級生だったチェリスト、藤村俊介君が演奏するカサドとバッハの「無伴奏チェロ組曲」のCDを聞きながら、先日「スクリプト・チェック」の為に送られて来た、現在撮影中の近世日本を舞台としたハリウッド映画の台本を読んだりする余裕も出る。

此処で話はまた一日、遡る。その先週の土曜日は、午後から妻とサザビーズ&クリスティーズの現代美術のオークション・プレヴューへ足を運んだ。

先ずはサザビーズ。天気の良い日には、本当に気持ちの良い10階のギャラリーに着くと、多くの人で賑わっている。メイン・ギャラリーに入り、先ず眼に飛び込んでくるのは、ウォーホルの大作「Coca Cola 4(Big Coke)」。サイズもかなり大きく、ポップ史的にも重要な作品なのだろうが、この2000ー2500万ドル(約16億2000万ー20億2500万円)のエスティメイトには、正直吃驚である。何もこの作品だけでなく、今のウォーホルの相場は本当に高くて、20cm.四方の略単色と云っても良い「Flower」でさえ、18万ドルの下値が付く位なのだから、驚くばかりである。

もう一点のトップ・ロットは、ロスコーの「Untitled」…これも2000-2500万ドルだが、ロスコーには珍しく黄色を基調とした明るい作品。しかし、個人的に最も欲しかった作品はやはりベーコンの「Figure in Movement」で、大きさも有り、大変美しい作品である!エスティメイトは700-1000万ドルなので、「Coke」1枚でこのベーコンが3枚買えるかと思えば、小遣いでどちらを買うかは明白であろう(笑)。

そしてYork Avenueを後にし、今度はクリスティーズへ。

今回のクリスティーズは、「Palevsky」と「Shapazian」、そして今年5月に亡くなった「デニス・ホッパー」の3人の個人コレクションをメインに、素晴しいラインナップ。しかし、「ウォーホル祭り」と云っても良い程にウォーホル作品が多く、イヴニング・セール出品の76点中15点、デイ・セールも入れると何と計35点ものウォーホルが、この秋売りに出される。

そんな中でのトップ・ロットは、実はウォーホルでは無くリキテンスタインの「Ohhh...Alright...」(Estimate on Request)、ポップ・アート史上重要な時期且つ品質の作品で、下馬評では恐らく5000万ドル(約40億5000万円)は下らないだろうと云われている名作である。そして次に高額なのが、「お待たせ」ウォーホルの「Big Campbell's Soup Can (Vegetable)」で、3000-5000万ドルのエスティメイト。この作品も安くは無いが、贔屓目無しに見ても「Coke」よりは余程素晴しい作品だと思う。その他、息を吹き掛ければ消えてしまいそうな蝋燭を描いた、リヒターの「Zwei Kerzen(499-2)」等、名品目白押しだが、実は今回は「デイ・セール」もかなり面白く、「Shapazian」と「ホッパー」両コレクションからの「デュシャン」コレクションは「涎モノ」で、特にShapazianの「L.H.O.O.Q.」とホッパーの「Signed Sign」等は、もう欲しくて欲しくて堪らん位だ(笑)。

買えもしないのが判っているにも関わらず、旺盛な購入欲を我慢をしながら歩いた(笑)クリスティーズの会場では、「New York Art Beat」を運営するK君とAさんの友人カップル、そして帰り際には、これまた友人で「15 East」と「Tocqueville」のオーナー、マルコと娘さんのフランチェスカとバッタリ…各々「アート」と「食」の情報交換をする。下見会後は一度家に帰り、イースト・ヴィレッジに在る「Robataya」で、東京オフィスから来ている同僚T君と妻共々夕食。T君ももう勤続12年だそうで、バブル直後と今のマーケットの差異等を話しながら、カウンターの向こうから「巨大シャモジ」でサーヴされる、名物「アスパラ棒」などで大満足。

そしてこの日は、これで帰宅…の筈だったが、その晩から「冬時間」になる事も有って、気も大きくなり(笑)、「もう一軒!」と云う事になり、行き付けの「B」@チェルシーへ。「ちょっと一杯の積りで…」寄ったが、Tシェフの作るパスタが余りに美味そうだったので、「白須&クラム・スープのパスタ」ハーフ・サイズを注文、非常に美味かったが、食した末に結局「大後悔」…これも全て「冬時間」のせいである(笑)。

帰宅後は、前述した様に時計を1時間遅らせて就寝…得した様な、損した様な、複雑な一日であった。