「三島」と「春樹」の1日。

超多忙且つ、移動距離が益々増える一方の一昨日は、香港でもお会いしたVIP顧客に会う為に、午後から日帰りの予定で、再び関西へと向かう。

顧客の素晴らしいお宅にお邪魔し、ご家族と歓談した後は、プライベート・バンクの方と一緒に「牛タン」専門店で夕食をご馳走になる…刺身からシチュー、鉄板焼き、スープ、シソタン飯迄、皆本当に美味しかった!食後は顧客と再会を約して新幹線に飛び乗り、11時過ぎに神保町に帰還…「マゾ的」満足感と共に、ベッドに倒れ込んだ。

そして昨日は、久々の休日。朝ゆっくりと起きて、散歩がてら書店街をブラブラした後の昼過ぎには、先日出演したBS-TBS「榊原・嶌のグローバル・ナビ」のプロデューサーやディレクターからの、ご招待ランチへ…番組の裏話等を伺いながらの、楽しい食事であった。皆さん、大変お世話になりました!

ランチ後は、政治活動家鈴木邦男氏と編集者・作家の中川右介氏に拠る、三島由紀夫に関する座談会を聴きに、家の近所の東京堂書店へ赴く。鈴木氏とは前に一度、友人のS君と共に一杯遣りながら憂国の話を交えた事があり、また中川氏の玉三郎カラヤンに関する著作を最近読んだ事も有って、この類稀なるスター・アーティスト「三島由紀夫」に関するお二人の、没後40年である今年出版された近著を中心する座談会に、興味を持ったからである。
聴衆は20名程、こじんまりとした会場でのアットホームな雰囲気の中で、三島が正田美智子さん(皇后陛下)と歌舞伎座で「極秘お見合い」をした事や、ポール・シュレーダー監督の映画「MISHIMA」、生前の三島の唱えた憲法改正論が、当時も全く「状況論」と為っておらず、今読んでも新鮮で実用的である事等を興味深く拝聴した。

その中でも、とりわけ個人的に関心を持った事柄としては、先ず三島の母親が息子の自決後に語ったと云う、2つの「達成されなかった『心残り』」の事で、1つは上に記した正田美智子さんとの結婚、もう1つはノーベル文学賞だそうで、どちらも実現していたら…と考えずには居られない。
もう1点は、三島の「小説を書く」と云う、孤独で、読者からの即時的反応を得辛い芸術創造の日々に於いて、舞台・戯曲・俳優等の、観客の目前で見せるが故に、直接的・即時的な評価を得る事が出来る芸術を一時でも経験してしまい、況してや「喝采」を得てしまうと、孤独且つ大衆からの喝采が聞こえ辛い創作活動に戻る事は、三島に取っては至難の技だったのでは無いか?と感じた事だ。また当時、チケットを大量に買って貰う等、公演維持の為に左翼労働組合系団体に依存していた文学座に対して、明らかに「右」寄りの思想の戯曲を提案して没にされたり、「楯の会」を自らの資金で運営する為に(会員の制服を作るのも、全て自腹であった)、大衆誌等にも数多の原稿を書いたりと、何処と無くおおらかな所(これが正しい表現かどうか、判らないが)が有った事も面白い。

三島由紀夫と云う作家が、或る時から自身の日々の生活を、そして「自決」を「最後の舞台」と考えて演劇的に生き、例えば、自決の日を共にした森田必勝を含む「楯の会」のメンバーをも、或る意味「役者」としてディレクションしたのでは無いか、と思える程である…三島と云う作家の45年の生涯は(今の筆者より若い!)、例えばその2年後に自死した川端康成の生涯と比べても明らかに「スター」のそれで、謎と興味は尽きる事が無い。

さてその座談会後だが、鈴木氏にご挨拶をして神保町を後にし、三島の「演劇的自決」に思いを馳せながら、夜は学生時代の友人に誘われる侭、今話題の村上春樹原作・トラン・アン・ユン監督作品、「ノルウェイの森」を観に。日頃春樹文学を批判している身としては非常に有難い機会で、誘ってくれた友人には心から感謝をしている…何しろこの映画、恐らく自分からは(そして当然ゲル妻も)観に行かないと思うから(笑)。
六本木ヒルズの劇場に着いてみると、色々な年齢層の観客で超満員…流石「春樹人気」と広告宣伝の力、関心の高さが窺える。しかしこの原作が発表されて、もう13年の月日が経っているとは…年を取る訳だ(嘆)。

そして映画はと云うと、「青いパパイヤの香り」のユン監督の味は場面場面で出ては居るが、劇中3人も自殺者が出る暗い内容の作品を、途中眠さを必死に抑えながら見終わって知り得た事と云えば、正直「はいはい、ワタナベ君(原作者)が超ナイーブで、女の子にモテて、自分が世界で一番傷ついてる人間だと思ってて、愛していなくても結構ジコチューにセックス出来て、何時も『勃ってる』のは、良ーく判りました」と云う事位である(云い過ぎだろうか?)。

また劇中、登場人物の顔のクローズ・アップが多用されるのだが、見ていると辛い時が多く、それは残念ながら、今の日本にそれに耐え得る「面構え」の役者が、非常に少ないからである。しかし、確かに良い意味での発見も幾つか有って、例えばジョニー・グリーンウッドの劇的な音楽は重厚で有るし、役者の中では、ハツミ役の初音映莉子の演技(特に、レストランでワタナベを詰問するシーンの、「眼」と表情の演技)は、成る程舞台を中心に活動している役者らしく、際立って素晴らしかったと云える。

この「ノルウェイの森」が、海外映画祭で受賞出来無かった理由は色々考えられるだろうが、一つにはやはり原作が有るのでは無いか…結末も余りにも在り来たりで有るし、前編を貫くテーマ「愛と生と性」に関しての考察も、それ程深いものとは思えない。それにしても、役者逹の努力は認める物の、何とも暗く抑揚の無い映画であった…まだキムタクの「ヤマト実写版」を観た方が、笑える分良かったかも知れないが。

上映後の会場は、家路を急ぐカップル達も殆ど無言、時折「あんな病的な所ばかり強調されちゃねぇ…」の声も聞こえたりした。

今回もまた、大ベストセラー「1Q84」の様に、何十万人もの日本人がこの作品を観るのだろう(嘆)…誰か、心と腕の確かな映画作家に拠る、「三島作品」の映画化を期待したいと、心からそう思ったのであった。