「肉声」の重要性:「The King's Speech」。

今週末はカタログ原稿の締切りが近い為、来週の月曜日が「Martin Luther King Jr. Day」の祝日で3連休にも拘らず、休日出勤…致し方が無い(涙)。その昨日の土曜は、夕方迄オフィスで編集作業をした後は、若い友人F君を誘って、今年のアカデミー賞最右翼との呼び声も高い、「The King's Speech」を観に行った。

42丁目の劇場に入ると、会場は超満員…人気と期待の程が窺える。さてこの「The King's Speech」と云う映画、2010年度英国製作の作品で、昨年のトロント国際映画祭で「People's Choice Award」を受賞している。監督は未だ30代の若きTV出身のトム・フーパー、主演は「シングル・マン」でも素晴しい演技を見せた、敬愛するコリン・ファースと、これも名優で「シャイン」等のジェフリー・ラッシュの2大演技派男優、そして古くは「ハワーズ・エンド」、最近ではジョニー・デップとの共演で知られる英国女優のヘレナ・ボナム・カーターが脇を固める、「実話」を基にした作品である。

英国王ジョージ5世の次男、皇太子アルバート王子(ファース)は、両親や乳母が将来の国王である兄ばかりを愛し、いつも兄と比較され続けた為に寂しい少年時代を過ごし、短気な性格となった上、延いては「吃音」になってしまい、人と上手くコミュニケーションが出来なくなってしまっている。立場上各種のセレモニー等でスピーチをしなければならない事もあり、しかしそれが余りに上手く行かない為に、妻であるエリザベス(カーター)が、夫の吃音を矯正する為の「スピーチ・セラピスト」(ラッシュ)を探して来る。

しかし、この老年のセラピストは非常に頑固な男で、訓練中はお互いをニックネームで呼ばせ、依頼主が「国王」と判っても出張せずに自分の元に通わせる等、自分の流儀を変えずに訓練を始めるが、当然中々上手く行かない。そんな折国王が崩御し、予期せぬ兄の出奔(離婚歴の在る女性と結婚する為に、王位を放棄)に因って、「アーニー」は国王の座に就く事と為るのだが、直ぐに第二次世界大戦が勃発、ジョージ6世となった「アーニー」は、英国そして英国民にとって「最も重要な演説」をする事に為るのだが…。

結論から云えば、この「The King's Speech」は、何しろマーヴェラスで有る!ファースとラッシュの演技、コンビネーションが本当に素晴しく、上映後は会場から拍手喝采が巻き起こった程で、かく云う筆者も最後は感動の余り、目頭が熱くなり涙していたのであった!

ファースとラッシュの演技は云う迄も無いが、彼らの超英国風アクセントと云い回し、英国人(特に貴族)特有のシニカルでユーモアに充ち溢れる台詞、1930年代の「重厚」プラス「モダン」な英国風インテリアの格好良さとその色彩のセンス、例えば役者1人をアップで撮るにしても、背景を半分以上入れて撮ったりする非常に凝ったカメラ・ワーク、ほんの少しレトロっぽい雰囲気を出した美しい映像、そして何よりも「脚本」の素晴しさが光る。しかしジョージ6世と云えば現女王の父、日本で云い替えれば、昭和天皇が吃音だったとして、市井のセラピストが陛下の友達となって治す、と云う話で有る訳だが、日本では到底そんな作品は作れまい…流石英国王室、懐が深いと共に何だかんだ云っても国民に愛されているのだ。

そして、この作品中に筆者が観たテーマは2つ…1つは、人が幼少期からの「コンプレックス」や「トラウマ」を克服するためには、心を開く事の出来る「友」が絶対的に必要だという事、そしてもう1つは、「肉声」が「文字」を遥かに凌ぐ時が有ると云う事で有る。自分のコンプレックスを正直に話して理解して貰い(この映画の場合は「話す事」自体にその問題が有るのだが)、利害関係抜きで協力し合える「友」を持つ事の重要性。もう1つは、例えば「多くの人を動かすための言葉」は、幾ら名文であっても「全体メール」や「手紙」よりも、感情の篭った「肉声」の方が人の心を揺り動かす可能性が高い、と云う事で有る。

特にこの「肉声」と云う物は、劇中国王となったアーニーがヒットラーの演説風景をフィルムで見て感心する様に、良きにつけ悪しきにつけ、人の心を揺さぶる「武器」となる訳だが、印象的だったのは、作品の最後に有るアーニーの「最も重要な演説」がヒットラーのそれとは異なり、静かでゆっくりとし、言葉を噛み締める様な非常に説得力の有る物になっていた所である。この21世紀、インターネット文化が発達し過ぎた為に、人と面と向かってのコミュニケーションする機会が減り、美しい言葉は失われ、人に伝える感情も薄れ、「肉声」の価値も忘れ去られていっている気がする…そんな状況が良いのかどうか、今一度考えさせられる作品でも有った。

因みに昨日「T」で夜中迄、写真家G君と共に色々と話したF君、キミの「彼女」はネットの中には居ません…愛の告白はメイルじゃなくて、街で探し出した「彼女」の顔を見て、キミの「肉声」で伝えよう(笑)!

今夜発表される「ゴールデン・グローブ賞」でも最有力と噂される「王様の演説」…元来スピーチ下手な日本人の皆さんにも、必見である!