「緊張の一瞬」。

東京での下見会が始まり、無事終わった。

両日とも上々の入りで、それ程広く無い東京支社のギャラリーは、美術館学芸員、学者、コレクター、能役者、業者、メディア、各分野のアーティストである個人的な友人達等で、終日賑わった。

今回の東京下見会の展示作品は、春信、歌麿北斎、広重等の浮世絵版画と能面等、そして両日とも100名以上の来場者が有り、その来場者の多さの大きな理由はと云うと、云う迄も無く大目玉である、紙本金地著色六曲一双、伝狩野内膳作の「南蛮屏風」。因みに今回の来場者数は、3年前に「伝運慶作大日如来」が展示された時以来の多さで有る。

さて、今回の南蛮屏風の様に、新出の重要な作品が出展される下見会では、筆者に取って避ける事の出来ない、「緊張の一瞬」がある。それは、作家のアトリビューションや年代決定、作品クオリティに関する学者の専門的見解が耳に入る瞬間で、それは会場での、勿論筆者との会話の中で、そして時には来場した学者同士の雑談の中で語られたりするのだ。

此処で話は、初日に遡る。
その日いらして頂いた学者の先生方には、国立民俗学博物館や馬の博物館出光美術館、神戸市博物館の学芸員の方々、細見美術館館長、東大のS先生とI先生、明学のY先生等のお顔も見えたが、実はその学者の先生方の一部を含め、業者、メディア、そして何よりも筆者が来場を心待ちにしていた、或る人物が有ったのだが…。

その方とは、早稲田大学のN先生。N先生は元神戸市博物館の学芸員で、「南蛮屏風」のエキスパートだ。

畏友、コロンビア大学のマシューからも、N先生がこの南蛮屏風を見に来る事を聞いていたし、昨日も朝から、新聞記者や他の学者の先生の間でも「どうもN先生が来るらしい」との噂が噂を呼び、皆N先生の意見を聞く為に、鶴首してその到着を待っていたのだった。

そして夕方遅く、遂にN先生が数人の学生を従えて到着。皆N先生を取り巻く様に立ち、他の人と話したり、作品を眺めたり、聞いていない振りをしながら(笑)、生徒達に解説するこのN先生の声に、耳をそばだてる。

そして、運命の時はやって来た!

N先生の話が、南蛮屏風の作者と年代に及ぶと、会場が水を打った様に静まり帰り、緊張の沈黙を背景に、N先生が放った言葉はと云うと…

「作者は狩野内膳にかなり近い工房作、時代は略慶長位で良いんじゃ無いかな?リスボン本より、神戸本に近いと思う。」

そうN先生が語った途端、張り詰めた空気は一気に弛み、ギャラリー中にホッとした雰囲気が流れた…そして、一番ホッとしたのが、誰よりも筆者本人であった事は、云うまでも無いだろう(笑)。

そして、自分のアトリビューションに自信を得た筆者は、3つの美術館や某有名高額納税者コレクター、ニュースキャスター、作家、建築家、能役者、現代美術ギャラリスト等が来社し、多忙を極める中、このN先生の意見を盾に、昨日も1日頑張ってセールスに勉めたのであった…。

最終日の下見会終了後は、同士K氏が主催する、政経塾のメンバーへの、特別レクチャー。30名以上の方に、30分程作品の解説をする。

レクチャー終了後はK氏達と、某代議士の娘さんで塾員の、Aさんの婚約を祝うディナーの為に、春一番とは名ばかりの寒い風が吹きすさぶ中、帝国ホテルへと移動。お祝いの席では、和気藹々と食事しながらも、投資家や代議士秘書、新聞記者、出版、金融、官僚等10名程と、日本の政治と経済について語り尽くした。
長〜い2日間であった(嘆息)。