「美人」の母を持つピアニスト。

昨日、震災後初めて日本の土を踏んだ。

ニューヨーク発のANA便は、ビジネス・クラスの最後尾のブロックに客が誰も居ない程空いていたのだが、そんな機内で筆者は、余震や放射能を思っての緊張の為か一睡も出来ず…そして成田着陸の数十分前、機窓から穏やかで美しい海と海岸線を見ていたら、あんな悲惨な災害がほんの2ヶ月前に起きたとは、とても信じられない想いに包まれた。

長い時間の機内では、相変わらず碌な映画をやって居らず、優ちゃん主演の「雷桜」を観た後は、ヴィデオ番組「ザ・ドキュメント」を観る事に。

今回の「ザ・ドキュメント」は、一昨年ヴァン・クライバーン・コンクールで優勝した盲目のピアニスト、辻井伸行を10年以上に渡って取材を続けた特集で有った。

さて筆者は、このピアニストの演奏を聴く度に涙が零れそうになる。が、それは決して彼が全盲と云う障害者だからではなく、その一音一音に、何かしら慈しむ様な「愛」を感じるからなのだが、此処で気になるのは、この青年の「慈愛」の様なモノが一体何処から来るのか、と云う事なのだ。
番組中、彼は或る日、このドキュメンタリーのもう一人の主役で有る母親に、こう云う。

「お母さん、ボク、目が見え無いんだね…でも、ビアノが弾けるから大丈夫だよ。」

この言葉を聞くと、障害者を家族に持つ筆者は、小さい頃から「お前は、恵まれて居るんだから、我慢しなさい」「どんな時でも、自分が世界で一番不幸な人間等と思ってはいけない」と教え云い続けた、自分の母親の偉大さと有り難さを改めて思い出してしまう。

云う迄も無いが、この天才ビアニストが此処まで来れた事実は、この母親(勿論父親も)の美しくも大事な教育と、その母の云う「人間同士としての友情」(親子で「友情」と云うのも変だが)の賜物で有ろう。

そして、番組を観続けて驚いた事は、この愛に溢れたビアニストの母が、番組に取材された10年の間に、失礼な云い方だが、女性として、眼を見張る程ドンドン「美しく」為って行った事なのである!

蒲公英を初めて触った時に、「あぁ、『綺麗な』花だね!」と全盲の子供に云わせる「育て方」をした辻井伸行の母は、今は子離れをし、ツアーにも付いていかないそうだ…耳の痛い「過保護」な親も多いのでは無いだろうか。

番組の最後の頃、生まれてから一度も母親の「顔」を観た事の無い息子が、インタビュアーに「お母さんは、伸行君にとってどんな人?」と聞かれた時、彼はこう応えた。

「お母さんは『美人』で、凄く優しい女の人です!」
思わず涙が出そうに為ったが、この孫一、見たら当然「云われる」可能性ゼロだが(笑)、顔を見なくても「美男子」と云われる様な人間に為らねば…母の厳しい教えへの、「恩返し」の為にも。

この秋、カーネギー・ホールにやって来る辻井伸行…その「慈愛」と「生まれてきた喜び」に満ちた音色を、聴き逃す訳には行かない。