送られて来た「種」。

余りの暑さに、このダイアリーの「色」を変えてみた今日此の頃だが、9月のオークション・カタログの編集作業で、今週末は土日共オフィスに出て来ている。

9月14日に開催される、筆者担当の「日本・韓国美術セール」は総出品数283点、トータルのエスティメイトは870万ー1,100万ドルと、南蛮屏風と李朝染付龍壷に沸いた春のセールには及ばないが、それなりに大きなセールとなる…もう一頑張りだ。

さて先日、友人で「Art-Aid」(→http://www.artaid.jp/)の実行メンバーの一人の、武田菜種さんから手紙が送られて来た。

この「Art-Aid」は、震災後の日本と被災者に対して「アートに関わる人間に何が出来るだろう」と云うコンセプトで、友人の骨太インディペンデント・キュレーター、渡辺真也君が中心となって立ち上げたアート・ボランティア組織である。そしてこの「Art-Aid」は、アート・フェアに合わせた6月11日ー29日の間、バーゼルにて畠山直哉、ヨゼフ・ボイス、インゴ・ギュンター、大巻伸嗣、ヨーコ・オノの作品を展示した「Remembrance of the Future to Come」と名付けられた、真也君のキュレーションに拠る展覧会を開催した。

そして筆者はと云うと、真也君の心意気に感じ入り、本当に微力ながらこのプロジェクトに協力し、菜種さんからの手紙はそのお礼の手紙だったのだが、封筒の中には、手紙と共に小さな赤い半透明の封筒が入っていて、其処には個人的にも仲の良い、インゴ・ギュンターのサインが有った。

そこで其の小さな赤い封筒の中を良く見てみると、何か植物の「種」らしき物が…その種こそ、今回のインゴの新作「Thanks a Million」と云うインスタレーションに使われた「松の木の種」だったのだ。

この「Thanks a Million」は、今回の震災で津波被害を受けた東北の海岸線に、「松林」を再生させようと云うプロジェクトで有る。日本の海岸線の象徴的な風景である松林は、古来沿岸地帯に住む人々が農作物を潮風や砂から守る為に植林した訳だが、「白砂青松(はくしゃせいしょう)と呼ばれる松林の美しさは、その機能と共に日本人の心を捉え続けて来た。東北地方に100万本有ったと云われる松も、今回の津波で根こそぎ奪われてしまったが、陸前高田市高田松原にたった一本残った「奇跡の松」が、復興の象徴として被災者達を勇気付けている。

そんな状況の下、インゴは100万本分の松の木の「種」を提供し、其処から生まれた松の木を植える事に因って、東北の美しい海岸線を取り戻すと共に、被災地と世界の人々との永続的な関係性の構築を目指した。インゴはバーゼルの展示会場の床に、「白砂青松」と手書きで書いたカードで日本地図を描き、筆者にも送られて来た「種入りの赤い半透明な封筒」を被害の有った海岸線に置いて来場者に持ち帰って貰い、種から松を育てて貰うと云うインスタレーション展示をし、好評を博したそうだ。

正直どれ程の人達がこの種を持ち帰り、鉢に移して育て、その上どれ程の種が木に為る迄育つか判らない…しかし今回のインゴのコンセプトは、地球環境を常に考える彼のアートと、日本と日本人を思う心が見事に合致して居り、バーゼルを訪れたアート関係者・愛好家にも十分に理解されて、海外に居ながらも被災者と被災地の事を考える為の「種子」と為ったのでは無いかと思う。

我が家に送られて来た「種」も、何時の日か東北の海岸線に移植される事を願わずには居られない。