夏の夜長の、危険な読書感想。

最近驚いた事が、2つ有る。

其れは先ず、女子ゴルファー宮里藍選手の英語が大変素晴らしい事で、先日の「エヴィアン・オープン」の優勝会見を見たのだが、あれだけエモーショナルに為っても(震災の事で)、きちんとした英語を中々の発音で話していた…流石、「世界の」一流プレイヤーである。

そしてもう1つは、ノルウェーの同時テロ犯の過去の発言である…「日本と韓国が理想国家だ」迄は良いが、我が国を非多文化主義、移民・外国人排斥の「象徴」の様に捕えらえているとすれば問題だが、実際外から冷静に見れば、そう見えるのも仕方無いと感じる時が有るのも事実である。他人の見方とは、何と恐ろしい事か…。

さて、ここ数日はニューヨークも漸く涼しくなったが、こう暑いとクーラーの効いた家でアイスクリームを膝に抱えながら(若しくは、ボリボリとスナックでも食べながら)読書すると云った、「危険な」機会が増えるのも責められまい…と云う事で、今日は最近読んだ本の中から、面白かった作品を幾つかを紹介しようと思う。


岡本敏子著「岡本太郎の友情」(青春出版社

半世紀に渡り、公私共に岡本太郎のパートナーで有った岡本敏子の「絶筆」である。岡本太郎記念美術館長の平野暁臣氏の前書に拠ると、本策出版迄後僅かと為った2003年9月に、著者はメキシコで大名作壁画「明日への神話」との再会を果たし執筆が中断、その時に「お蔵入り」に為ったのが本作だとの事。著者が語る太郎と係わった人々…石原慎太郎裕次郎兄弟、丹下健三川端康成バタイユを始め、巻末の「カラスのガア公」迄、岡本太郎像をクッキリと浮かび上がらせる軽妙な語り口は、読み易く素晴らしい。

筆者は「明日への神話」を都現美で観た時の感動を、未だに忘れられない。此れはピカソの「ゲルニカ」やリヴェラの「デトロイトの産業」を観た時に勝るとも劣らぬ物で有った。その意味でも、この著作に収録されている太郎に拠る「パブロ・ピカソ」を読む意義は大きい…岡本太郎の人間的スケールの大きさと、繊細さとを垣間見れる著作である。

小川洋子著「人質の朗読会」(中央公論新社

何とも云えぬ「後味」の有る小説で有った。ハッキリ云って「タイトル買い」した本作、長編の体を為してはいるが実は短編の連作と云え、図らずも或る理由で「人質」に為ってしまった日本人観光客達に拠って、「祈り」の様に、また時には「告解」の様に朗読される人質達の「過去」…特異なシチュエーションでの特異な過去の話の数々が、読者を現実離れした「特異点」へと導く…読者と人質達の関係性が「逆ストックホルム・シンドローム」的に迫る、飽きる事の無い物語である。

個人的には特に、貿易会社事務員(59歳・女性)が語る「槍投げの青年」と、医科大学眼科学教室講師(34歳・男性)の語る「冬眠中のヤマネ」の話が好きである。

中川右介著「悲劇の名門 團十郎十二代」(文春新書)

博覧強記的文献調査で有名な、著者の新著。歌舞伎「宗家」市川團十郎家の初代から当代、そして次代現海老蔵迄を俯瞰し、その「悲劇の」歴史を紐解く。知る人ぞ知る「團十郎贔屓」の筆者に取っては、特に目新しい事は無かったのだが、本書は團十郎家の波乱の歴史を非常に読み易く纏めており、初心者にも十分に楽しめると思う。松本幸四郎家との「非常に」密接な関係…因みに、何故「松本」幸四郎の前名だけ、苗字が「市川」(染五郎)なのか等の謎解きも有る…や、殺人、自死を含めた「宿命的」な歴代團十郎の生き様は、それこそ「歌舞伎史」その物と云っても過言では無い。

文中、五代目團十郎が文化人としては一流でも、役者としてはイマイチで有ったと云う記述が有り、この9月のオークションで東洲斎写楽の「第一期大首絵」の錦絵を5枚一度に売る身としては、10ヶ月間のみ働いた写楽がモデルとして選んだ役者・役柄が、得てしてマイナーな役者や脇役だったりした事実を考えると、第一期シリーズの中に「市川蝦蔵」(蝦蔵は「五代目團十郎」の後名)が登場するのも、何と無く首肯出来た事も面白かった。


興味深い本と良い音楽、そしてアイスクリーム(筆者お勧めは、チャオ・ベラの「タヒチアン・ヴァニラ」か、ハーゲンダッツの「ラム・レーズン」)のパイントを抱えての暑い夏の「夜長」は、知的で危険な程(特に「体重」に取って:笑)、魅惑的である。