一番好きな仕事。

サッカーの松田直樹選手が、逝ってしまった。

34年、いや胎内に居た時からすると35年間動き続けた彼の心臓の「最後の一拍」は、余りにも突然にやって来て、彼をこの世から奪って行った。

さて話は飛ぶが、以前友人と飲みながら、図らずも大激論に為った事が有る。その友人は医学研究者で、当然キャリアも凄くきちんとしていて、ヨーロッパやアメリカの大学病院を幾つか経験した後ニューヨークに来た、所謂優秀な学者で有る。

そしてその議論とは、「人生で一番好きな事を、一生の仕事にすべきか否か」で有った。

友人は、「一番好きな事を仕事にすると、嫌に為ったり辛かったりした時、その好きな事を嫌いに為ってしまうかも知れないし、一番好きな事でダメになってしまうと、人生の逃げ場が無くなってしまうかも知れない。また好きな事をしていると、何らかの局面で冷静で居られなく為ってしまうかも知れない。だから人は、人生で一番好きな事を一生の仕事にすべきでは無く、2番目に好きな事を仕事にすべきだ」と云う意見で有った。当然医学研究も、その友人に取っては2番目に好きな事らしく、本当は音楽家になりたかったのだそうだ。

そして筆者はと云うと、「一番好きな事を、当然一生の仕事にすべきだ」と云う意見で、「命短し、恋せよ乙女」では無いが、「後悔を残さない為には、人生為るべく好きな事しかやらない」「好きな事だからこそ、困難や苦労が有っても乗り越えられる」「好きな事をして金が貰える等、美味しい話は無い」と云った所がその理由で有った。

勿論「人生いろいろ」で良いのだが、此処で亡くなった松田選手の「あの」シーンを思い出す。

松田選手の「あの」姿を覚えている人も多いだろう…マリノスを去る時に「ただ俺、マジ、サッカーが好きなんすよ!サッカーの素晴らしさを伝える為に、続けたいんです!」と叫んだ姿を。

数日前にこのダイアリーでも書いたが、人生の「長さ」に意味など無い。要は、その心臓の最後の一拍まで、その人が充実していたかどうか、親に命を授けて貰ったその「第一拍目」以来、どれ程精一杯に生きたかと云う事にしか、人生の意味は無いと思う。そして一番好きな事を仕事にし、その大好きな仕事を人生の糧として、自分の心臓と共に歩んで行く事以上に、後悔をしない人生が有ると云うならば、教えて欲しい。

34年と云う年月は短いとは思うが、2010年度のWHOによる世界の平均寿命66歳の人間の中で、世界のどれ程の人間がその意味で人生を全うしたかと考えると、松田選手は、或る意味かなり幸せで有ったのでは無いか。

そしてもう1つ思い出す話が有って、それは「貴方が『イチゴ』を大好きだとして、カットされたイチゴのショートケーキの何処から食べるか?」と云う話だ。

これも「大好きなイチゴだから最初に食べる」「いやいや、大好きだからこそ、最後に楽しみに残して置くのだ」等、色々な考えが有るだろうが、実は筆者は思春期迄、長い間その後者の考えで有った。

が、高校生時代の或る日、当時代々木に有った「赤い三角定規」と云う店だったと思うが、その大好きなイチゴ・ショート・ケーキを筆者が角の方から楽しみながら食べていると、向こう側に座っていたデート相手の、当時同級生皆の憧れの的で有ったJ学館の女の子に、いきなりイチゴを食べられてしまい、その最高に旨いショート・ケーキの「最も重要なパート」、酸っぱさと甘さの絶妙のコンビネーションを味わい損ねたのだ。

当然その子には「何すんだよ!」と文句を言ったのだが、同年代の女の子は流石マセていて、「あのねぇ、孫一君、誰かに盗られちゃうかも知れないから、好きな物は先に食べちゃわないと…ダメねぇ!」と笑われ、結局その女の子にも何も手出しが出来ない侭、他の男にアッサリ盗られて行った事を考えると、彼女は当に正しかったのである(笑)。

その時受けた悔しさと屈辱感、そして彼女の教えは強烈で、それ以来好きな物はなるべく遠慮せずに食べたり、好きな事に出来るだけ時間を割いたりして生きて来た訳だが、その所為か今のこの仕事に就いて以来、何人もの人に「桂屋さんは、好きな事が仕事に出来ていて、本当に幸せですねぇ…羨ましいなぁ」と云われ続けている。

此方からすると、好きな事を仕事にしていない方が不思議な訳だが、「好きな仕事をしたいが、それでは食って行けない」とか「自分の一番好きな事が、何だか判らない」とか云う人が多く、何か此方の方が単に超ラッキーな人間に思えて来ない事も無いが、しかし良く考えれば、若しかしたら人並み以上に酷い紆余曲折を経験し、悩み、血の出る様な努力をして「一番好きな事」を見つけ、それを確立しようとして来たのも事実で、「幸運」等はその上でしかやって来ない物だろうとも思う。

一番好きな仕事を見つけ、それがどんなに辛くても死に物狂いでやる…それが人生の生き甲斐である。もし松田選手の死を悼み、彼の生き様が凄いと思い、羨ましく思うのなら、自分なりにただそれを実践すれば良い。

それを実践出来たと云う意味で、非常に幸福で有ったであろう松田直樹選手のご冥福を、心よりお祈りしたい。