チェルシーの「エレベーター」。

セール後の土曜日程、嬉しい日は無い。

流石の疲労から昼前まで寝続け、地獄宮殿特製「焼饂飩」を頂いた後は、午後から外へと出掛けた。

ニューヨークの気候は、今或る意味最も素晴らしく、20度前後の気温に穏やかな陽射し…(成績が悪かろうと)大仕事が終わったお陰で、何処と無く足取りも軽くなる。

ヘルズ・キッチンの自宅から、チェルシー迄は歩いて20分程。時にはハドソン河沿いの「ウエスト・エンド・アヴェニュー」を歩いたりもするが、昨日は11番街を南へと下った。

途中、ジャヴィッツ・センターでの催し(昨日はファッション・ウイークらしく、「アクセサリー・ショウ」で有った)に来ている人達を観察したり、見様に拠ってはミニマルにも見える列車の駐車場(と呼ぶのだろうか?)を橋の上から見下ろしたりしながら、向かった先は29丁目に在るSean Kelly Gallery…アルゼンチン出身のアーティスト、Leandro Erlichに拠る新作展覧会「Two Different Tomorrows」を観る為で有った。

そして、以前ジョセフ・コスースの素晴らしいインスタレーション(拙ダイアリー:「『コスースに拠るベケット』と、『ムーティに拠るベルリオーズ』の贅沢な一日」参照)を体験したこのギャラリーで筆者が観た物は、何と「エレベーター」で有ったのだ!

何しろ「どうやってインストールしたのだ?」と思うばかりの、「エレベーター」達。エレベーター・シャフト内を「縦」では無く「横」に体験できる「Elevator Shaft」、設置されたマルティプルのエレベーターの中を覗き込むと、良く有る様に奥の壁に鏡が有り、自分が映るかと思いきや裏側で同じ様に覗き込む人の姿が見えると云う、トリック・アート的な「Elevator Maze」。そして筆者も含めて経験の有る人ならば、思い出したくも無い「Stuck Elevator」等、本当に面白く精巧な「エレベーター」達は、哲学的ですら有る。

確かに「エレベーター」と云う閉ざされた空間には、映像や音楽が流され、その中で繰り広げられる様々な人間ドラマが存在する。また空間移動や微妙な時差等、必然性と思い掛けない偶然性の同居する、謂わば「何処でもドア」的哲学性を秘めている場所でも有るのだ。

Erlichのアイディアと技術は、何しろ素晴らしい…若しかしたら、今ニューヨークで最もエキサイティングなショウでは無いだろうか。この展覧会は10月22日迄…「必見」です!

「エレベーター」を降りると今度は、11番街を再び下り、お馴染みのSonnabendへと向かう。

Elger Esserの新作展をやっていたのだが、何とその新作が全てモノクロームだったので吃驚。モネのジヴェルニー等を撮っているが、個人的には全く興味無し。奥の部屋に立て掛けて有った、お気に入りの作家作品のみに眼を走らせていたら、日本に帰国しギャラリーをオープンした牧高啓君にバッタリ会い、四方山話。牧君も奮闘中らしく、元気そうであった。

Sonnabendを出ると15丁目迄下り、Phillipsの現代美術の下見会へ。今回のセールは「Under the Influence」と題され、高額商品は無いが中々に面白いラインナップが揃っていて、ちょっと気に為る作品が幾つか出品されているのだ。

何時も思うのだが、このシェルシーのPhillipsは素晴らしい。先ず最も重要な事は、Phillipsの入っている同じビルに、モデル・エージェンシーや有名コマーシャル・ステュディオ(Milk Studio)が入って居るので、有名無名のモデル等の美女達と同じ「エレベーター」に乗り合わせると云う僥倖が起きる事(笑)…こんなオフィスに勤められるPhillips社員は、本当に羨ましい。そしてギャラリー空間の素晴らしさも、勿論忘れてはならない(笑)…大きな窓から「ハイライン」を行き交う人やハドソン河を見渡せるし、夕暮れ時等の美しさは秀逸である。

さて、シュナーベルやワイリー、マッカーシーやコンド等を興味深く眺めていると、一人の若く可愛いアメリカ人らしき女の子が声を掛けて来た。

「失礼ですが、貴方はクリスティーズの方では有りませんか?」
「そうだけど…?」
「あの私、この間迄クリスティーズの現代美術部門でインターンをしていたんです。貴方の顔に見覚えが有ったから…」

フーム。ゲイっぽいシャツにジーンズ、赤のスエードのスニーカー姿でもオレと判ったか…一人勝手に内心ニンマリし、5分程話して彼女とは別れたのだが、結局その若く可愛い女の子はメルアド1つ寄越さず、たった5分間の間にボクの気持ちは「エレベーター」の様に高揚し、そして落ちて行ったので有った。ビッドする気が失せたのは、云う迄も無いだろう(笑)。

気を取り直した夜は、元ニューヨークの友人でアルツハイマーの専門家H、クラシック・ピアニストのF、RNA研究者のT、クラフトマンのK等と食事を楽しみ、帰宅は夜中1時過ぎ。

「エレベーター」な一日は、こうして幕を閉じたのでした。