「神遊」。

今日は、先ず告知から。

来る5月19日(土)、午後1時半から3時迄、「朝日カルチャーセンター・新宿」に於いて、筆者に拠る講座が開催される。

講座タイトルは「特別展『ボストン美術館 日本美術の至宝』 里帰りする日本美術をめぐって」で、来月20日から東京国立博物館で開催される同名上記展覧会の、関連講座の1つで有る。

海外に渡った日本美術の事情や評価、海外と日本でのテイストの違い、日本美術品が海外に有る事の意味等を、本展覧会と筆者のビジネスの現場を通して考えると云う、興味深い講座内容になると思うので、ご興味の有る方は是非ご参加下さい。

この講座に関するお問い合わせは、朝日カルチャーセンター新宿(03-3344-1946:http://www.asahiculture.com/shinjuku)、若しくは拙ダイアリーのコメント欄迄。「ボストン美術館展」の楽しみも3倍増する筈の、必聴の講座です…乞う、ご期待!

さて一昨日の土曜日は、「東京下見会」の2日目&最終日で有った。

週末の朝なのに雨が降り、「う〜ん、今日は人が来ないかもな…」と思っていたが、案の定開場後の客の出足が悪い。

しかし、ギャラリー・トークが始まる12時前頃には人が集まり始め、1日終わってみると、70名近くの学者・コレクター・業者が来場、2日間で計200名を超える人々に、名品をご覧頂けた…これなら、やった甲斐が有ったと云うモノだ!

さて、今回の下見会で最も話題に為ったのは、「洛中洛外図屏風」の左隻第一扇下部に描かれた建築物で有った。

檜皮葺きの屋根を持つ2階建ての建築だが、その天守閣の様な2階には、お姫様が御簾を通して外を見ている。また建物内部には、束帯姿の貴人しか居ない。

この建物に関して、学者達は喧々諤々…意見は「二条城」「聚楽第」「飛雲閣」「内裏(御所)」等々に別れたが、今の処有力なのは、東福門院入内の際作られた「櫓」の有る「内裏」らしい…が、真実は如何に…この辺が、古美術品の持つ「謎解き」の面白さなのだ。

そんなこんなで下見会も無事終了し、作品が撤収されると、某女性スタッフの強い要望に因り、計7名のスタッフ(男2:女5)を連れ、「打上げ」は焼肉屋で。
何しろ1つの仕事を成し遂げた後の、仲間と頂く食事程、楽しく旨いモノは無い!それにしても皆良く食べ、良く飲んだモノだ…21世紀の「肉食系女子」の現実を、当に実感した夜で有った(笑)。

そして昨日は、母と国立能楽堂へ、お能を観に。

この日の公演は、囃子方の一噌隆之、柿原弘和、観世新九郎、観世元伯、そしてシテ方の観世喜正各師を中心とする会、「神遊(かみあそび)」の「十五周年記念公演 言霊―能における語り」で有る。

筆者の小中高の後輩でも有る喜正師は、父が亡くなった時も、父上の喜之師と共に紋付き姿で自宅に駆け付けてくれ、霊前に手向けの謡を捧げてくれた…本当に有難い事だ。

そして今回の公演は、「能の持つ言葉の力」に焦点を当てた番組が組まれ、非常に興味深いテーマ性の有る公演と為っている。

行ってみると国立の会場は満席、そして最初の番組、能「木曾」が開演した。

曲名「木曽」とは木曽義仲の事だが、シテは義仲では無くその家来の覚明。また、この「木曽」には「願書」と云う小書が付いていて、これは八幡神に捧げる戦勝祈願の趣旨を記した「願書」の事なのだが、その「願書」を覚明が読み上げる所が、この能の見処と為る。

また、この「願書」の謡は節が非常に変わっていて、流石に「安宅」の「勧進帳」、「正尊」の「起請文」と並んでの、「三読物」の重い習いの一らしく難しい謡で有るが、喜正師の声は朗々として、素晴らしい謡で有った。

「木曽」の後は観世喜之師の独吟「起請文」、そして誠に力強い、観世銕之丞師の大鼓との一調「勧進帳」、野村万作師に拠る狂言語「奈須与市語」を経て、愈々、能「船弁慶」で有る。
さて、この「船弁慶」も「木曽」同様に、「船弁慶」と云う曲名にも関わらず、シテは「静御前」と「平知盛」…能「葵上」でも、「葵上」は舞台に置かれた唐織(病床に臥している、と云う設定)としてしか登場せず、シテは六条御息所の霊であったりするので、この「曲名と為った人物」がその曲の主役とは限らないと云った辺も、能の曲名付けの複雑さ(面白さ)だと思う。

そしてこの演目にも、「重前後之替」「船中語」「舟唄」「早装束」と、小書が4つも付いている。先ず最初の小書「重前後之替その」とは、前場での静御前の舞が「中之舞」では無く「序之舞」と為り、後場平知盛も波を蹴る足等を入れ、緩急の激しい動きをして激しい怨念を強調する、と云う物。

そして残りの小書は、アイ(野村萬斎師)の為の物なのだが、中でもこの「舟唄」は聴き処…義経一行を載せた船の船頭(アイ)が、弁慶の求めで唄う舟唄は、平家の怨霊出現前の「嵐の前の静けさ」を盛り上げる演出効果を担う。

また、喜正師の前シテ「静」の、唐織に長絹を羽織るその美しい舞と、後シテの知盛の怨霊振りのコントラストが良く、銕之丞師を中心とする地謡と囃子も緊迫感が有って、素晴らしい舞台と為った。

八百万の神遊、これぞ神楽のはじめなる」

この謡の一節から「神遊」を立ち上げたと云う、力強い声と立派な体格を持つ喜正師…これからの活動が、益々楽しみに為る公演で有った。