夢現(ゆめうつつ)。

「あぁ、今は生者の王が支配する昼なのか、それとも黄泉の王が君臨する夜なのか…可愛いサロメ、いやゲロメよ、病に伏す私に教えてはくれぬか!?」(桂屋孫一作:「ゲロメ」より)


一昨日ニューヨークに戻ったが、久々に酷い風邪を引き、帰宅後「寝たきり」で夢現状態で有る(上はそのイメージ文章、因みに「ゲロメ」とは、献身的看護をしてくれているゲル妻の事である:笑)。

日本を発つ2日程前、ジャズ評論家O氏宅でクリエイティヴな友人達と深夜まで飲んでの帰宅後、悪寒がしたと思ったら喉が腫れ始め、本当に久し振りに発熱した。

それでも日本滞在最終日は、朝から査定の仕事が有り、午後はパリ在住カメラマンS氏の企画の為のポートレイト撮影、そして夜は同士K氏との会食が有ったりで、薬を飲みながらも、気合いで乗りきる「筈」だった。

が、帰米当日、具合の悪い中朝5時前に起きて掃除洗濯をし、空港に着く頃にはマジに調子が悪く為っていて、離陸後食事を終える頃には悪寒と頭痛、喉痛が酷くなる有り様。

そして碌に映画も観ず、間食もせずのフラフラの体で、ゲル妻との抱擁もそこそこに、ヘルズ・キッチンのベッドへと倒れ込んだのだが、そんな発熱中の「夢現状態」で脳裏を過ったのが、数日前のS氏との「撮影」で有った。

実は筆者に取って、「撮影」は鬼門である。

今回と当に同様、前回のTV生出演の時も、まるで試験前の小学生に起きる「知恵熱」の様に前日から発熱し、本番当日は39度の最悪のコンディション。そして嘗て何回か撮られた雑誌や新聞、TVの何れに於いても、撮られた自分の姿を見ても、まるで「モンスター」か何かにしか見えない。

また、皆さんにはとても信じて貰えないと思うが、筆者はこれでも大学生時代には、「8x4」(デオドラント)の広告に「その他大勢」の1人として出たり(モデルとして取れた「仕事」は人生これ一度だけ…所属していたモデルクラブに、当時未だ4-5歳だった「観月ありさ」が居た事だけが、良い思い出だ:笑)、「JJ」や「25ans」に出たりと、それなりの「撮影」体験は有った筈なのだが、この緊張癖だけは昔から一向に治らない上に、未だに「被写体」としての自分を好きに為った事が、一度も無いので有る。

さて、今回筆者を撮影したいと申し出て頂いたS氏は、超一流ファッション誌で活躍する、パリ在住のフォトグラファー。

S氏は若い頃はニューヨークに住み、アヴェドンの所にも居たそうで、学生時代にはサザン・オールスターズのメンバーにも為りかけたと云う経歴も持つ、住む世界も考え方もインターナショナル、その道一流の人に得てして居る様に、決して気取らない、オープンな方だ。

仕事を終え、熱っぽい体を引き摺り、小雨の中指定された恵比寿のスタジオに来てみると、ビルの5Fに在るこのスタジオは非常に広く、全面ガラス張りで日光が良く入り、白バックにレトロな宮殿調の家具が配置されている。

S氏は既に居らして準備中だったが、もう既に固く為って居る筆者をリラックスさせる為、気さくなS氏は冗談交じりの会話を駆使しながら、いざ撮影が始まった!

「じゃあ、孫一さん、先ずは椅子に座ってみましょう!」

S氏の指示通り椅子に座り、腕を組んだり下ろしたり、足を組んだり頬杖を付いたり…いやはや、モデルの人は良くもあんなに自然にポーズが取れるものだ!

ライティングを調整し、世間話をしながらも撮影は進み、今度は立って撮る事に。

「今度はジーンズのポケットに、グッと手を入れて見ましょうか!」

ジャケットを背負ったり、スタンド・テーブルに肘を付いたり…あぁ、何故上手く笑えないのだ!S氏に申し訳無い気持ちで一杯に為る。

ジャケットと云えば、撮影中S氏が「シワが寄るなぁ…何でだろう?」と云うので、筆者が「財布とかが入ってるからじゃないですか?」と答えると、S氏は吃驚した面持ちの後微笑み、「じゃぁ、全部出しちゃいましょう!」。

「撮影」だと云うのに、着ているジャケットに財布やミント、携帯やブラックベリーをポケットと云うポケットに入れ捲っていた自分が、誠に恥ずかしい…。

が、流石S氏の会話のテクニックのお陰で、筆者の緊張が少しずつ取れてくると、S氏も少しずつ本気に為って来たらしく、それが分かったのは、筆者を観るS氏の優しい眼が、或る時から誠に鋭い「プロの眼」に為ったのを確認したからだ…やはりどんな世界でも、世界を舞台とするプロの「眼」は違う。

そうこうして撮影は何とか無事終了し、撮影後はスタッフと皆でコーヒーを飲みながら雑談、その後S氏には再会を約束して、恵比寿を後にした。

ニューヨークに着いても、熱に魘され、昼夜の区別が付かずに居る、「『インパクト』が有る顔」と云う理由で選ばれたワタクシ…。

今この病床で出来る事と云えば、「サロメ」っぽい夢の続きを観る事と、撮って頂いたポートレイトが、S氏に取って「使えるモノ」に為って居る事を、切に願う事だけで有る(涙)。


「私はマゴイーチの『肉』が欲しいの。その脇腹の余った脂身を、月の輝く晩に、バルコニーで焼くのよ…ジューッと、ジューッと。ねぇ、美味しそうじゃなくて?私はマゴイーチの『肉』が欲しいの…マゴイーチの『肉』を頂戴!」

(多部美華子の声で:孫一作「ゲロメ」より)