「琳派展」@MET、そして「予約を取らないレストラン」の悲劇。

コロラドに続き、ウイスコンシンでのシーク教徒の寺院での白人史上主義者に拠る無差別射殺事件が有ったばかりだが、一昨日此処ニューヨークではミッドタウンの43丁目と7番街で、ナイフを持った不審者が衆目の中、警官達に射殺されると云う事件が有った。

射殺された男はマリファナを吸っていて、単にラリって居た訳だが、警官が寄って集って射殺する程の事件だったのかどうか、甚だ疑問が残る。

また事件の有ったこの辺りは、筆者の家からたった4ブロック、タイムズ・スクエアの直ぐ隣で観光客も非常に多く、筆者が毎日通勤に通っている通りで有る。流れ弾や事件に巻き込まれる事を考えると末恐ろしいが、これだけ身近で銃事件が起きると、改めてニューヨーク、そしてアメリカは「銃社会」なのだと実感する。

さて、今筆者が居るのはJFK空港の国内線ターミナル…これからビジネスの為に西海岸へ行き、その足で「極湿」の日本にクサマヨイと共に2週間程帰るのだ。
そんなニューヨークと暫しの別れを惜しむ先週末は、METの日本美術ギャラリーで開催中の展覧会「Designing Nature:The Rinpa Aethetic in Japanese Art」 をやっと観る事が出来た。

この展覧会は、彼がロンドン大学時代で教えていた頃からの長い付き合いのジョン・カーペンターが、METの日本美術担当キュレーターに為って初めての企画展で、琳派の持つ意匠デザイン性を、日本美術通史的に考察する試みで有る。

展覧会は、何時もの縄文・弥生土器が並ぶ第1室から始まるが、極めて味の良い藤末鎌初(藤原時代末期、鎌倉時代初期の事)の個人蔵「女神像立像」や、明恵上人の「夢の記」断簡、「春日宮曼荼羅図」や「春日若宮図」等の軸物も並び、見処が多い。

そして、大型仏像が常設展示されて居る第2室には、素晴らしい鎌倉期の絹本著色「玄奘三蔵像」幅(お付きの童子の顔色が「緑」なのがスゴい!)、そして反対側のケースには、観音経巻と共に現代美術家杉本博司の新作、「海景五輪塔日本海北海道」が展示されていた。

こう云った現代美術と古美術とを一緒に展示する手法は、マッチさせるべきその作品選定に非常に感性が要求される訳だが、アメリカの美術館の日本ギャラリーでは今や常套手段と為っていて、この展覧会の次の展示室でも、光琳の「波濤図屏風」や神坂雪佳の「千草」や「百世草」と云った美しい版本等に囲まれて、名和晃平の美しい立体作品「PixCell Deer #24」が展示されている。

また本展では、上記作品の他にも光悦や宗達の書、其一の名作六曲一双屏風「朝顔図」や乾山の陶磁器、近代の流水文単衣等のテキスタイルや安藤等の七宝作品迄をもカヴァーされて居り、ジョンの気合いが十分に窺えるが、本展覧会のもう一つの見処はと云えば、各展示作品に付いている「作品カード」に記された、「寄贈者」と「レンダー」達の名前では無いだろうか。
「春日若宮像」を寄贈したバーク夫人や「春屋妙芭像頂相」や夢窓楚石の墨磧「題雪」、上記「夢の記」等をMETに寄贈したバーネット&バートの両氏、名和晃平を寄贈したダンジガー夫妻を始め、絵画のギッター、ウェバー、フィッシュバーンの各氏、そして七宝のシュナイダー氏等、現在アメリ東海岸を代表する日本美術各分野の主要日本美術コレクターの名前が、この展覧会の「カード」の殆どに記されているからだ。
今度METの日本ギャラリーに行ったら、カードに書かれた「寄贈者名」にも目を配ってみて頂きたい…ハリー・パッカード以降の、そして現在最も活動的な在米日本美術コレクター達の名前と、その収集分野を知る事も一興だろう。

さて今回はアートの話で終わろうと思ったが、書かないと何とも虫の収まら無い出来事が有ったので、もう少しお付き合い頂きたい。
話はMET鑑賞後、友人のO氏と尺八奏者の「帰国公演」を聴きに行った帰り、今ニューヨークで話題の和食店、、チェルシーに出来た「O戸屋」へ食事をしに行った時の事で有る。

この最近日本から来た「定食屋」、O戸屋の噂は色々な人から聞いていたにも関わらず、今迄中々行く機会が無く、O氏も筆者も今回がO戸屋初体験…しかし「初体験」に有りがちな「悲劇」は、この晩にも起こってしまった。

18丁目のO戸屋には、6時20分位に到着。が、先ず以てこの店は予約を取らない為、当然多くの人が待っている。店員に聞くと40分待ちだと云うので、ウェイティング・リストに名前を書き、近くの「B」に一杯飲みに行く事にした。

「B」の社長Tさんと3人で、サッカーや鮨屋に入荷したと云う「シンコ」の話等をしながら時間を潰し、7時少し前にO戸屋に戻ったのだが、其処で店員から聞いた驚くべき台詞は、何と「後20分位だと思う」!

「何事も『初体験』とは、上手く行かないモノだから…」(笑)と、O氏と何とか怒りを静めて待ち、やっと入った店内は所謂定食屋とは異なっていてしっかりした造り、期待を胸にイイ感じで席に着いたのだが、その時の我々はこの晩の「O戸屋の悲劇」が、未だ始まったばかりで有る事を知らなかったので有る…。

はてさてメニューはかなり豊富で、注文を決めるのにも悩む程だったが、最初の「悲劇」は何しろアペタイザーに頼んだ20ドルもする「マグロと納豆のレタス包み」が、「RIKI」で6ドル有れば食べられる「血液サラサラ豆腐」から、数種類の具を抜いたモノだった事…オイオイ、一寸高過ぎやしませんか?

それにも況して悲劇的だったのは、店に入る迄あれだけ待たされた末、後から来た客に抜かれるのを横目に見ながら待たされに待たされ、アペタイザー後メインの「定食」が出て来る迄、何と40分も掛かった事で、その上やっと出て来た筆者のセット(メインディッシュ+ご飯、味噌汁、漬物、茶碗蒸し)の茶碗蒸しには、スプーンが付いて来なかったのだ。

クオラァ!箸で、どうやって茶碗蒸しを食えっつーんだ!…ワレ、ナメとんか?(怒)

余りの対応の悪さに、文句を云おうとマネージャーを見つけると、以前某和食屋で働いていた旧知のK君が出て来て、ビックリ。

気の弱い筆者は、知り合いが出て来て仕舞った故に強く云えず、K君にチビチビと文句を垂れ流していると(笑)、前回此のダイアリーで触れた、ヴィトンの美しい草間本をデザインした後藤さんとレスリーの夫婦が登場。彼らに聞くと「マゴさん、此処は5時半か9時半に来なきゃダメなんですよ!」と云う。

結局「悲劇」の結末に持った大いなる疑問は、「一体どんなメリットが有って、この店は予約を取らないのだろう?」と云う事だ…そして幾ら考えても、その答えは未だ闇の中で有る。

「予約が取れない」レストラン、もとい、「予約を取らない」レストラン…「O戸屋の悲劇」を貴方も経験してみては如何だろうか(笑)?