"NYFF50 Diary" Part II:「本」と「女」の共通点とは。

今日のニューヨークは、最高気温が何と13度…滔々秋がやって来た。

そして日本では、名優大滝秀治が逝った。

丁度今ニューヨーク・フィルム・フェスティバルに通っている最中なので、観ている作品に老齢の主人公が出て来たりすると、この役を大滝が演じたらどうだろう?等と思ったりする…ご冥福を御祈りしたい。

そう云う訳で、今日のダイアリーも前回に引き続き、筆者が「NYFF50」(第50回ニューヨーク・フィルム・フェスティヴァル)で観た、そして偶々「もしも大滝秀治が演じたら」と思った作品を紹介しよう。

筆者に取って「NYFF50」2本目と為った作品は、こちらも今年のカンヌ映画祭出品作、アッバス・キアロスタミ監督2012年度作品「Like Someone in Love」(→http://www.filmlinc.com/nyff2012/films/like-someone-in-love)…そしてこのイラン人監督が新作の舞台に選んだ土地は、何と日本で有った!

主人公の女子大生アキコは、バイトでデート・クラブのコールガールをしているが、束縛の強い、自動車修理工場を経営する高卒の彼氏には、その事を云っていない。或る晩アキコは、女の子達を派遣している男(でんでん!)から、その男に取って「個人的に尊敬する、大事な人」の所に嫌々派遣させられる。

男が「尊敬する」その人とは、年老いた社会学専攻の元大学教授…が、その老教授はアキコの体には興味を示さず、アキコの故郷の食材で彼女の為に作った料理やワインを勧めるが、アキコはベッドで寝てしまう。

そして翌朝、老人がアキコを車で大学へ送っていくと、其処には彼氏が待っていて、老教授をアキコの祖父と思い込んでしまい、偽りに満ちた複雑な「三角関係」が生まれるのだが…。

この作品は、正直非常に不思議な映画だ。が、何しろ小津安二郎に多大な影響を受けたキアロスタミの作品だけ有って、この作品を観た後の不思議なほんわか感は、何とも筆舌に尽くし難い。

特に、妙に生活感を感じさせる場面の数々…例えば老教授が部屋で電話の対応に追われてウロウロしたり、注意深く運転したり居眠りしまったりするシーン等の「長回し」ショットも独特だが、筆者に取って最も美しく、大好きだったシーンと云えば、ネオン煌めく夜の繁華街を派遣先の老教授宅へ向かうタクシーの中で、アキコが携帯の留守電に残されたメッセージを再生して聞く所だ。

7件有る伝言メッセージが一気に再生されるのだが、その内の6件は孫のアキコに会う為に上京して来た祖母からの物で、そのメッセージに因って、祖母が朝からアキコを駅のロータリーで待っている事が明らかにされる。

そして、祖母には会わないと決めていたアキコも、そのメッセージを聴くと流石にタクシーの運転手に寄り道を頼み、祖母の待つ駅のロータリーへと向かうのだ。

タクシーに乗った侭、車がロータリーを二廻りした時、アキコは自分を待ち続ける年老いた祖母を見つけるが、それでもアキコは車を降りず、その侭「派遣先」へと向かう…車の中から撮られた夜の街の喧騒や派手なネオンと、女子大生コール・ガールの荒廃した内面と涙のコントラストが、誠に美しかった。

出演者では、アキコの彼氏役でイライラしっぱなしの、高卒自動車整備工場経営者を演じる加瀬亮も良かったが、それに勝るとも劣らず、アキコ役の中々キュートな高梨臨や、84歳にして映画初主演、しかも今年カンヌ国際映画祭の為にカンヌに訪れたのが、何と「人生初めての」海外旅行だったと云う老教授役の奥野匡等、全てオーディションで選ばれた無名の俳優達も、味の有る演技を見せている。

その他本作の魅力として、電話や自動車に監督が見せる執着や、例えば消えているテレビの液晶画面に、裸のアキコがベッドに横たって居る姿がぼんやり映るシーンや、派遣する男が電話をする為に外に出たその姿がぼんやりと窓ガラスに映り、店内で座り待つアキコの後姿にダブるシーン等の、日常的な場面での非常に拘ったカットも見逃せないが、しかし、この作品の最も大きな魅力は、全編に鏤められた「予想出来るが、決定的な答えの無い『謎』」では無いかと思う。

その中でも最も大きな「予想出来るが、決定な答えの無い『謎』」は、「何故、老教授はアキコを呼んだのか…」だと思うが、それは派遣する男のアキコに対する「君じゃなきゃ、ダメなんだ」と云う台詞や、老教授の部屋の中の写真、そして壁に掛かる芸大美術館所蔵の矢崎千代二に拠る「教鵡」と云う絵画(→http://db.am.geidai.ac.jp/object.cgi?id=4414)のコピーに拠って、何らかの想像は付く…が、確かな答えは示されない。

また、本作の最後に於ける「何故老教授がアキコの祖父でないとバレたのか」と云う謎、そしてもう1つ、アキコが老教授の部屋に来て本の多さに驚き、会話の途中で「百足」に関するエロティック・ジョークを披露した後に、老教授に「そう云えば、『本』と『女の人』の共通点は何だと思います?」と尋ねる謎々だ。

老教授が「判らないなぁ…何なんだい?」と聞くと、アキコが「今は恥ずかしくて云えません…」と云うのだが、その謎々の答えすら、本作品の最後迄一切示されない…実際問題、この謎々の答えが、筆者に取って最大の「予想は出来るが、決定的では無い『謎』」なのだが(笑)。

上映の前後には、黒澤を髣髴とさせる格好良いキアロスタミ監督本人が登場し、後のトーク・セッションでは質疑応答も行われたが、残念ながらその「謎」の答えを求めた質問者は居なかった。

が、この作品の解答の1つとして、キアロスタミがこの作品に盛り込んだ「デート・クラブ」、「女子大生と高卒工場経営者と元大学教授」の異なる境遇の社会的三角関係、「老人の性」や「高齢化社会」、「世代間の隔絶」等から見える「外から見た現代日本」が、最後の最後で工場の彼氏に「ジジイ、嘘吐いてんじゃねぇよ!」と投げられた石に拠って、大きな音を立てて粉々に割れる、老教授の部屋の窓ガラスに象徴されているに違いない。

そして前述した様に、本作を観た後の自分の気持ちが、何故かホンワカして居た所を見ると、成る程小津安二郎の影響を多大に受けた、キアロスタミの本領発揮の作品だったと云えよう。

しかし、無性に気になる…何だろう、その本と女の共通点って?(笑)