「細江英公」レクチャーと、メトロポリタン美術館・武具甲冑部門「100周年記念展」レセプション。

先ずは速報。

昨日サザビーズ・ロンドンで開催された現代美術イヴニング・セールで、リヒターの「Abstraktes Bild (804-9)」(→http://shar.es/5RsGC)が2132万1250英ポンド(約26億8600万円)で売却され、現存作家作品のオークション世界最高価格を更新した。

この価格、強い日本円で聞くと?と云う感じだが、ドルに換算すると約3426万ドル、2008年5月にクリスティーズ・ニューヨークが売却した、ルシアン・フロイドの「Benefits Supervisor Sleeping」の3364万1000ドルの記録を更新した訳だが、故フロイドは当時85歳、リヒターは今82歳だから、最高価格作家の年齢も3歳若くなったと云う事だ。

もう一つ興味深いのは、このリヒター作品がエリック・クラプトンから出品された事で、クラプトンはこの金を一体何に使うのか、と云う点…借金が有るとも噂されるギタリストだが、今回の記録更新で、レイラが嘗て彼にさせた様に、現代美術業界を「跪かせた」事は間違いない(笑)。

さて、昨日のニューヨークの最高気温は14度、そして最低は何と3度!今年の冬は、きっと寒いに違いない。そんな中、日中・日韓間も寒い緊張が続いている。

中国にも、そして韓国にも友人の多い筆者に取っては、友人や仕事関係、そして仕事柄文化交流が途絶えるのが一番辛く堪えるので、何とか早く解決して貰いたいと切に願う…「交戦したら」等と書く日本メディアの低俗さに至っては、もっての他だと云う以外には無い。

そう思って居たら、北京市の書店に日本文学書が復活したとの記事、そしてノーベル文学賞莫言氏が選ばれたと云う記事を読み、喜びは二重と為った。恥ずかしながら筆者は、未だ莫言氏の小説作品を読んでいないのだが、しかし筆者がこの作家の名前で思い出すのは、何と云ってもチャン・イーモウ監督の処女作、ベルリン映画祭で金熊賞を受賞した「紅いコーリャン」だ。

この作品は何しろ凄い。日本軍の非情表現も然る事ながら、ゴン・リーの演技とチャン・イーモウの演出、そして莫言の原作(「紅高梁」と「高梁酒」)を基にした脚本の力強さと気迫に、唯々圧倒されるばかりで有る。こんな話を書ける作家はノーベル賞受賞等当たり前、と納得した訳だが、その「対抗馬」と云われた作家には、最近改めて落胆している。

それは最近、朝日新聞に掲載されたその「対抗馬」氏のコラムを読んだからなのだが、筆者が思うに、国家間の領土問題の解決は「実務解決」する程単純では無く、何故なら「土地」には民の「アイデンティティ」が多分に含まれるからで、我が国の国境線がヨーロッパの様に国土が地続きで接して居ないが故に、氏の云う様なのんびりとした「安酒理論」が成立するのだと思う。

筆者はこの問題に就いては、嘗て日中首脳がして来た様な「棚上げ」(「次世代に託す」を続ける)が望ましいと思っているのだが、引っ掛かったのは其処では無く、北京市での日本文学作品不売運動に関する箇所だった。

氏は、その冒頭で「中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消した」事に対し、「それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き上げなのか、詳細がわからない」為、「その『是非』について意見を述べる事は差し控えたい」と書いており、その後にも「それはあくまで中国国内の問題である」と述べている。

が、「アーティスト」として本当にそれで良いのだろうか…その「是非」が、政府主導ならば「非」で書店主導なら「是」なのか、はたまたその逆なのか。中国だろうが何処だろうが、如何なる理由が有っても、政治的な理由で文学や芸術作品を市民から取り上げたり排斥する「現代の『焚書坑儒』」は、彼に取っては「非」では有り得無いのか?

本のレヴェルで内政干渉と云うなら、他国がしている戦争に口出しする程著しい内政干渉も無いと思うが、中国が自作の大きな市場だからなのか、良い子ちゃん的ユルいディプロマティック発言が、甚だ残念過ぎる。この点が、恐らくは欲しくて仕方の無い賞に届かない理由なのかも知れないし、筆者がこの作家を最終的に好きになれない理由の1つなのだ。そしてこの作家氏は、シリアの一般市民虐殺に関しても、きっとその是非は表明しないに違いない…「シリアの国内事情」なのだから。

文句は此れ位にして、此処からが本題…一昨日木曜の夜はメトロポリタン美術館の「Arms and Armor Department」(武具・甲冑部門)、創立100周年記念展覧会「Bashford Dean and the Creation of the Arms and Armor Department」 (→http://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2012/arms-and-armor)のレセプションにお呼ばれ。

メトロポリタン美術館の「武具・甲冑部門」は、アメリカの美術館の中でもこの分野に於いて、最も長い歴史を誇る伝統有る部門で有る。そしてMETの特徴として、その日本美術ギャラリーに行った事の有る方ならご存知だと思うが、其処では、日本の刀や鎧は一切観る事が出来ない…何故なら、日本の武具・甲冑も「世界の武具・甲冑部門」の管轄下に為って居るからで、この晩も「武具・甲冑ギャラリー」に展示された、古墳時代の剣や兜から平安・鎌倉・室町期の素晴らしい鎧、江戸期の刀や拵等が、西洋甲冑や中近東の極めて美しい装飾的な剣等と共に展示され、招待客達の眼を楽しませて居た。

展覧会観覧後のレセプションでは、同館スペシャル・コンサルタントの小川盛弘氏や同館元修復官の阿部さん御夫妻、全米各地から来た顧客達等と杯を交わしながらの楽しい一時を過ごしたが、毎度の事ながらMET館内でのレセプションは、雰囲気が素晴らしく良くて気持ちが良い…大好きな空間で有る。

さて話はそれから1日遡り、今度は水曜の夜…この日の晩はクサマヨイと連れ立って、ジャパン・ソサエティへ写真家細江英公氏の講演会、「A Night of Provocation with Eikoh Hosoe」を聴きに行って来た。

細江英公氏は、当年取って79歳。三島由紀夫を撮った「薔薇刑」や、土方巽を撮った「かまいたち」等の作品から、何故か細い体躯で眼光鋭い、何処か暗黒舞踏家の様な容貌を勝手に想像していた…が、満員の会場での外人の客の多さに、細江作品の海外での知名度を改めて思い知らされる中、舞台に上がった細江氏を見たら、余りの若々しさと和やかな表情、小柄でふくよかな体型に「こう云う人だったのか!」と一寸吃驚。

そして、より吃驚したのは細江氏の英語力とユーモアの素晴しさで、ここ何年かアメリカで聞いた、アートを生業としている如何なる日本人の英語での講演の中でも、最も素晴らしい英語の発音の講演会で有った!

聞けば、細江氏は10代から米軍キャンプに出入りし、17歳の時には英語弁論大会で優勝しているとの事…老若男女問わず、外国留学経験が無い人が英語で1時間講演し、あれだけ外人を笑わせる事の出来て、しかも英語できちんと質疑応答の出来る日本人は意外に少ない…流石である。

そんな細江氏の講演は、氏自身が自作をスライドで解説しながら進んだが、興味深かった点が2点有った。

それは先ず、「薔薇刑」の撮影時、筆者はあの作品集の構図やコンセプトは、てっきり三島からの要求だと思っていたのだが、細江氏に拠ると「撮影依頼をして来たのは三島の方からだったが、構図や衣装を決めたのは、私だった」と云う事。また、三島のルネサンス風自宅での撮影時、家族を他所へ遣って二人きりで撮影したと云っていたが、当時の2人は若しかしたら、かなりセクシーな雰囲気では無かったか…。

またもう1点は、「浮世絵シリーズ」と大野一雄を撮ったシリーズ…これ等は、動きの有る肉体に浮世絵や近世絵画を投影して、映り込んだその身体を撮影した作品群なのだが、細江氏が「浮世絵シリーズ」で土方スタジオのダンサー達に選んだ投影絵画は、歌麿の傑作春画「歌まくら」や若冲の鶏だったが、大野一雄に選んだのは蕭白…細江氏は、何故これ等の絵師の作品を選んだのだろう?残念ながら、この疑問をご本人にぶつける事は出来なかったが、興味深い選択では無いか?

80にして、飽く迄も「人間の肉体 」に拘り、生の肉体を撮り続ける細江英公氏…その若さの秘訣は、当に其処に有るに違いない。

そして筆者に取っては、溢れるユーモアとストレートな英語をニューヨークで披露し、笑いと喝采を浴びた老齢の写真家の方が、某作家より余程元気且つ魅力的に見えたので有りました(笑)。