「昼夜アート漬け」の者に必要なのは、時間で有る。

ワタリウムの和多利志津子館長が亡くなった。

高校生の時、当時日曜しか開いて居なかった「On Sundays」とワタリウムに初めて行き、ホックニーのポスターを買った。そしてこの仕事を始めて、改めてワタリウムを仕事で訪ね、浩一氏を交えて何度かお会いした時の、館長の何時もオシャレな服装、アート・マーケットや故郷北陸の話等を、捌けた感じで話された時の優しいお顔が忘れられない…日本の現代美術史に多大なる足跡を遺した、和多利館長のご冥福を心よりお祈りしたい。

さて、気が付けば師走…今年も後一月、時の流れに手立て無し、で有る。

そんな中、筆者の「昼」は相変わらず顧客廻りに費やされて居るが、3月のオークションの為の出品作品が中々取れず、時間を見つけては展覧会に足を運び、ささくれ立った気持ちを癒す事位しか出来ない。

という事で訪れたのは、出光美術館で開催中の「琳派芸術II」…金曜だと云うのに、流石琳派の展覧会だけ有って混雑している館に入場しようとしたその時、千葉市美術館の河合館長にバッタリお会いし、ご挨拶。
ニューヨークで開催中のMETとジャパン・ソサエティ琳派展を観た後では、この展覧会も非常に勉強に為る。特に出光美術館所蔵の抱一作品は皆素晴らしく、大好きな「紅白梅図屏風」や「八ッ橋図屏風」、「風神雷神図屏風」等名品揃い。その他にも、其一の描表装の大名品「三十六歌仙図」や若冲を思わせる「蔬菜群虫図」等、見処も一杯の展覧会で有った。

そして週末は、東京国立近代美術館で開催中の「美術にぶるっ!」展へ…この展覧会は、何しろかなりの見応えが有る。

本展は、所謂「日本近代・戦後美術大名品展」なので、日本近代美術史を復習出来たのだが、それにも況して強く感じた事は、もうすぐ公示される選挙のこの大事な時こそ、この展覧会を観るべきだと云う事だ。

日本の近代と戦後は、云う迄も無くアメリカ抜きには語れない…それはアートにも正しく云える事で、この展覧会を観ると、良しに付け悪しきに付け、その事を痛感させられる。そして今回の選挙が、原子力政策等の我が国の「戦後」を総括するに相応しく、未来を決定付ける機会で有るが故に、この展覧会に展示されている、時代時代の政治、思想、環境を内包する作品から「日本の近代と戦後」を学ばないのは、余りにも勿体無いからだ。

そんな中で筆者が目を見張った作品は、先ずは大観の重文「生々流転」。何度観ても素晴らしいこの作品は、日本美術史上最も重要な水墨画、そして絵巻物作品と云っても過言では無かろう。また、初めて観た橋本平八の木彫「幼児表情」は、まるで平安期の一木造の神像の様な鉈目を持つ、静謐で力強い作品で目が離せなかった。

福沢一郎の「牛」も凄い作品だ。何処かルシアン・フロイドを思わせる絵画的力強さと、シュールさ、そして本作が持つ政治批評性は卓越して居ると思う。そして、植田正治の「妻の居る砂丘風景」からの2点…筆者はこの作家にも、この時代の写真にも詳しくないのだが、日本的ミニマリスムとでも云うべきこの2作品は、かなり素晴らしい…「欲しいっ!」と思う作品で有った。

話は変わり、今度は「夜」。同志のIT企業社長や、白隠作品を拝見させて頂いた禅堂の住職との食事も有ったが、金曜の夜久し振りに大学時代の友人達と夜の街に繰り出した際、或る友人に非常に変わった店に連れて行かれた。

その店とは、赤坂見附のシャビーな雑居ビルの3階に在る「鶴千」…名前を聞くと割烹か小料理屋、若しくは中華かクラブを想像するだろうが、驚くべき事にこの店は、70-80年代ソウルとディスコ、ファンキー・ミュージックを掛け捲る、只一言「昭和」としか呼び様の無い内装の小さなバーである。

だが「バー」とは名ばかりで、客達は踊り捲り、非常階段に迄溢れ出ている人、人、人…30-50代の男女の客達で店内はグシャグシャな状態だが、選曲は中々宜しい…今、この手の店で最も流行っている店なのだそうだ。

ソウル・バーの翌晩は、水道橋の宝生能楽堂に赴き、宝生流シテ方辰巳満次郎師の「雪花尽心 第四回満次郎の会 夜の部」を、友人のクリエイティヴ・ディレクターと一緒に観る。

今回の満次郎師の会では、ロビーにはデザイナー熊野寿哉氏とのコラボに拠って、辰巳家所蔵の能衣装が飾られ、茶屋も出て華やかな雰囲気。そして肝心の演目は「雪」をテーマにした番組が並び、増田正造氏の解説に始まり、狂言「真奪」、梅若玄祥師の一調「杜若」、近藤乾之助師の独吟(プログラムでは「仕舞」と有ったが、変更された)「遊行柳」、そして満次郎師の能「鉢木」と為って居る。

その中でも流石だったのは、梅若玄祥師の謡で、師の朗々とした声は、つい前日に観た抱一の「八ッ橋図」を筆者に想起させ、観者を夢幻の世界へと誘った。そして「鉢木」で有る。

諸国一件の僧に身をやつして旅をする執権最明寺(北条)時頼は、大雪の為一夜の宿を借りる。宿の主は、一族に財産を奪われた老武者夫婦で、鉢木を薪として火を起こす程、そして餓死寸前の窮乏状態にも関わらず時頼を持て成し、「いざ鎌倉」の暁には一番に駆け付け、討ち死にするが本望と云い、時頼大きな感銘を受ける。

その後鎌倉に召集が有り、時頼は言葉通りいの一番にやって来た老武者を呼び、自分があの時の僧で有った事を明かした上で、褒美を遣わす、と云う話である。

直面で演じられるこの能には、亡霊や幽霊、嫉妬や執着等は一切出て来ない。満次郎師の重い謡と舞(と、お顔)を以てして、迫力有る能に仕上がっていた。

最後に、会場でお会いした神奈川県立近代美術館館長の水沢勉先生からお聞きした、満次郎さん絡みの興味深いイヴェントの告知を。

現在神奈川県立近代美術館では、アントニー・ゴームリーの彫刻プロジェクト「Two Timesー二つの時間」が開催されているが(3/3迄)、その関連イヴェントとして来年2月2日(土)、満次郎師に拠る体験型ワークショップとパフォーマンスが開催される。

ゴームリーの肉体彫刻の新作は、最近ショーン・ケリーで見てきたばかりだが(拙ダイアリー:「ニューヨークのギャラリー・シーンを引っ張るニュー・リーダー:新生『Sean Kelly』オープン」参照)、ゴームリーの彫刻と共に舞う満次郎師を想像するだけで楽しみな企画で有る。

抱一、白隠、大観、植田正治、ソウル・ミュージック、そして能…「アート漬けの昼夜」を過ごす者には、時間が幾ら有っても足りない(笑)。