大富豪「ITファウンダー」のもう一つの夢。

サンフランシスコでの仕事初日は、雨…。

街中を歩いていると、ニューヨークより遥かに多い浮浪者の数に驚くが、それも歴史的に貧しい者に優しい街、サンフランシスコの所以なのかも知れない。そしてそぼ降る雨の中、オフィスに顔出した後は早速某若手コレクターの元を訪ねる。

アート・コレクターだった祖父・父親・叔父を持つ彼自身、「全く働かなくても良い」と云っても良い程の境遇に居るのだが、本人の美術好きもかなりの物で、日本食ランチを挟んで漆工品や中国物の作品を前に2人で語った時間は、非常に有意義で楽しい物と為った。

一夜開けた昨日は、連邦最高裁で異性婚のみの権利を保証した「結婚保護法」に違憲判決が出て、ゲイやレズビアン達が歓喜に湧き、それを祝うかの様に素晴らしく晴れ渡ったが、日中仕事の合間を見つけて行ったのは、緑の美しいゴールデン・ゲート・パーク…大好きなデ・ヤング美術館に赴き、ヴァチカン所蔵のアフリカ美術展を堪能する。

そして夜は、今回の出張でのメイン・イヴェント…サンフランシスコ・アジア美術館で開催された、明日から始まる新展覧会 "In the Moment: Japanese Art from the Larry Ellison Collection" のオープニング・ナイト・レセプション&ディナーで有った。

このショウは、ご存知世界的IT企業「オラクル」の共同ファウンダーで世界第8位(2012年10月現在)の大富豪ローレンス・ジョセフ・エリソン、通称ラリー・エリソンがコレクションした日本美術品の初展覧会で、彼は当然筆者の大顧客でも有るのだが、この記念すべき初展覧のレセプション&ディナーをクリスティーズがスポンサーしたので有る。

ラリー・エリソンは知る人ぞ知る大アート・コレクターで、ルノアール等の印象派や世界有数の宝石から、京都に持つ広大な敷地と屋敷、そして本邦初公開の日本美術コレクション等を持って居るのだが、その日本美術のコレクションには、平安期から江戸期迄の仏像や神像、掛軸や屏風、漆工芸、武具甲冑や明治・大正期のデコラティヴな金工品迄、多岐に及ぶ作品が含まれて居る。

しかしより驚くべきは、有名なアドヴァイザーや学者がどんな重要な美術品をどんなに強く勧めても、ラリーが自分自身で気に入らないと決して買わない事で、そして「自分で選ぶ」為には、あれ程多忙な生活の中でもオークション・カタログを必ず全て「自分の眼」で見て、略2週間に一度は自宅に有る作品の展示変えを「自分で」すると云うのだ!

さて、そんなラリーが最初に日本美術に興味を持ったのは何時頃で、何が発端だったのだろう?

その答えは、先ずは彼の大学生時代。当時シカゴ大学に通っていたラリーは、必死に勉強する合間を縫ってシカゴ美術館の日本美術ギャラリーに通い、先ずは日本美術の美しさと斬新さに眼を奪われたらしい。

その後就職し「運命的に」日本に赴任すると、早速仕事で京都へ出張に行ったラリーは、その時に観た平安神宮の日本庭園の美しさに激しく心打たれ、桂離宮苔寺等の日本建築と庭園、延いては日本美術・文化全般に興味を持った訳だが、ラリーの日本文化・芸術への深い愛情は、それ以来今迄続いて居るので有る!

レセプションでは、ラリーのコンサルタントを務めるサンフランシスコ・アジア美術館元館長のエミリー・サノ先生を始めとし、全米、日本、ヨーロッパから著名な学者や業者、美術館関係者、アート・アドヴァイザー等が顔を連ね、先ずは展覧会を拝見。

迫力有る狩野山雪の屏風や、平安期の素晴らしい男神像、質の高い笠翁のかなり大きな板引戸等の名品と共に、可愛らしい江戸期の仏像や明治・大正期の青銅瓶迄、例えば画派や時代での区分けに拠る作品選択で構成される通常の展覧会とは異なり、如何にも「コレクター本人が、出展作品を選びました」的な構成が興味深いと共に、作品への愛情を感じさせる。

展覧会の鑑賞とレセプション後は、階上の美しいアトリウムでのシッティング・ディナー…ラリー本人は残念ながら来れなかったが(恐らくは「アメリカズ・カップ」で忙しかったか、元々社交の場が好きで無い事も有るだろう)、「ゴッド・ファーザー・オブ・ブラック・ミュージック」と呼ばれるCを含む(拙ダイアリー:「『ゴッド・ファーザー・オブ・ブラック・ミュージック』から学んだ事」参照)、顔馴染みのコレクター達との再会を楽しんだ。

そんな今回のこの展覧会は、美術品と共に展示されて居た巨大なトロフィーからも察せられる様に、大富豪「ITファウンダー」の大きな夢が、「アメリカズ・カップ」の優勝以外にも「もう一つ」有った事を実感出来る物だが、然しスティーヴ・ジョブスやジェリー・ヤン(夫人が日本人)も多かれ少なかれ日本美術に興味を持った処を見ると、矢張り日本美術にはデジタル過ぎる生活や思考、そしてハードな日常で疲れた心を癒す「何か」が有るのだろう。

その事は、凡そ3分の間に日の出から日没、そして再び朝が来る迄の陽の光の中で、屏風の見え方がどの様に変化するかが体験出来る、伝長谷川等學の「波濤図」屏風一双が飾られた小部屋が展示会場内に在る事からも分かるのだが、その部屋がコンピューター制御された照明と微かに流れる蝉の声に因って、訪れた観覧者に取って癒される空間となって居る事にも、その「仕掛け」自体にコレクター自身の「意思」が伺えた気がする。

こう云う展覧会を観た後は、日本のIT長者にも是非日本美術を座右に置いて、自国の文化と歴史に想いを馳せて貰いたい…と切に願って止まなかった筆者は、今サンフランシスコ空港のラウンジ。これから急な仕事で、たった10日振りの日本に再び飛ぶのだ。

「自家用ジェット」ならいざ知らず、此方はと云うとやっと取れたアップ・グレードに、払い終わらぬ骨董屋への借金と、相も変わらぬ文字通りの「貧乏暇ナシ」。

"How unfair the life is..." と溜息を吐くばかりの孫一なのでした(涙)。


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