「四谷怪談」と「七夕茶」。

突然だが、クリス・ハートと云う歌手をご存知だろうか?

FMで彼の声と歌を聞いた時、何とも心洗われたので調べてみたら、彼は全米でも今大人気の…では無くて、サンフランシスコ出身、現在は日本在住のアフリカン・アメリカン。12歳の時に中学で日本語を学び始め、13歳の時にはつくば市にホームステイし、大学での日本語専攻を経て、国際線空港や日系化粧品会社等を経て、24歳の時日本に移住した。

クリスはアメリカ時代から日本のポップスが好きで(オフコースの「言葉にできない」で涙したそうだ!)、YouTubeに上げて居た日本語で歌って居る動画が話題に為り、去年の「のどじまん ザ!ワールド」に出演し優勝したとの事。

筆者の様にクリスの事を知らなかった人は、何しろ彼の歌を聞いてみて欲しい(⇨http://m.youtube.com/#/watch?v=n0W7i-UQNKk&desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3Dn0W7i-UQNKk)。然しジェロと云い、何故こんなに日本語の上手い外人が多いのだろう…?

さて、何時の間にか梅雨は開け、時差ボケと猛暑でヘロヘロだった短い日本滞在も大詰め…今回のジャパン・アート・ダイアリーも、歌舞伎とお茶で締め括ろう。

ニューヨーク在住にも関わらず、今月の「歌舞伎座新開場杮葺落 七月花形歌舞伎」公演観覧で、4月以来の「皆勤賞」を続けて居るワタクシ…今年に入って来日回数が余りに多い為、「彼奴、本当は日本に住んでるんじゃ無いか?ニューヨークとか、嘘ついてんじゃ無いの?」と疑惑の眼を向けられる事も有るが、唯の仕事人間なだけですから(涙)。

然し、三井記念美術館で「大妖怪展」を観た後に最適な(笑)今回の夜の部、鶴屋南北の大名作「東海道四谷怪談」の通し狂言は、個人的に絶対に見逃せなくて、それは単に配役が染五郎伊右衛門菊之助のお岩だったからだ。

そして結果から云えば、この「四谷怪談」はその期待に違わず、本当に素晴らしい舞台で有った!

ご存知伊右衛門はニヒルな「最低野郎」なので、余りハンサム過ぎても醜男過ぎてもイケないし、遣る瀬無い「ワルの雰囲気」が漂わねば為らない。その点染五郎は実に適役だし、しかも今回の高麗屋伊右衛門の演技はかなり研究されていて、「此奴、普段でもこんなんちゃうか?」と思う程に上手い。

そして音羽屋…菊之助はこの舞台(&結婚)で、一皮も二皮も剥けたのでは無いか。菊之助のお岩は、近代演劇的演技に裏打ちされながらも、型が美しく、妖艶な魅力溢れるモノで大熱演!特に顔が変わった後、伊右衛門が金や着物を無心するのに抵抗する演技は素晴らしく、赤ん坊の着物迄奪おうとする伊右衛門を止めるシーンでは、思わず涙してしまった程だ。

この「東海道四谷怪談」では、菊之助の早替りや宙吊り等見処も満載なのだが、4時間半に垂んとする「通し狂言」は、単なる怪談話と云うよりは交錯する人間模様と「悪の魅力」、そして何よりも伊右衛門とお岩の精密な心情描写の演技有っての物なので、その意味では観客を全く飽きさせない、非常に素晴らしい舞台で有ったと思う。女形でも立役でも「色気」満点の菊之助、全く以てこれからが楽しみな役者で有る!

そして今回の日本滞在最後のイヴェントは、かいちやう主催の「七夕茶会」。

大賑わいだったこの茶会、先ずは芳名帳にサインし、続いて短冊に願い事を書いて、ベランダの蹲の脇に用意された笹に結び付ける。そして、皆で持ち寄った料理や酒を食べ酌み交わして、茶席の順番を待つ…と云った段取り。

そんな中、風炉が有るにも関わらず他の部屋より涼しかった茶室でのお茶は、伝世の味の良い高麗や近代作家の茶碗、青貝香合や銀の茶杓等、夏の日の趣向を凝らした涼しげな取り合わせで、猛暑日に一服の「暖かい」お茶が「清涼感」を運ぶ、と云うマジックを見せて頂いた…流石、かいちやうで有る。

お茶の後の飲み会ではお茶人は固より、現代美術家S氏やY氏、歌舞伎囃子方家元や可愛い後輩アナを伴ったキャスターU女史、財界人や研究者、ギャラリストや編集者、そして社中の方等が集まっての楽しいひと時。

筆者が茶室に居た間に一時的に激しく降った雨の後、ベランダから臨む東京タワーの隣には稀なる美しい弧を描いた虹も出て居たが、雨も夜には上がり、まるで年に一度の彦星と織姫の「逢瀬」を祝福して居る様な、幸せな七夕の夜は更けて行った。

こうして七夕を祝い、然し最後迄時差ボケの取れなかった筆者は今、成田のラウンジ…これから猛暑の日本から脱出し、9月のオークション・カタログ制作が手薬煉引いて待つ、ニューヨークに戻る。