機上の「孤独のグルメ」。

特別篇:「JFK全日空1009便の一風堂ラーメン 薫り立つ醤油『ふるさと』」


目が覚め、「しかし、何て空いているんだ…ANA大丈夫かな?」と思い乍ら、周りの空席の目立つビジネスクラスを見渡した。

休暇を兼ねての日本帰国前の余りの忙しさに音を上げて、機内での最初の食事を終えた途端、疲れの余り寝てしまったのだが、寝る前に食べた「鮭の西京焼」をメインとする「和食のコース」、そして甘い物に目の無い俺は、デザートの「マンゴー・シャーベットとバニラ・アイスクリーム」とチョコレート迄を完食したにも関わらず、腹が減っていた。

「まずいなぁ」。が、腹が減っては戦が出来ぬと思い、目を擦りながらメニューを見てみる。「どれどれ」…メニューの「軽めのお食事」の欄にはバニラアイスやスープの他に、「おすすめチーズの盛り合わせ」「季節のフルーツ」「ガーデンサラダ・トマトドレッシング」「九條葱うどん」「牛丼」「ベーグル・サンド」、そして「一風堂ラーメン」が有った。

「ほう、一風堂のラーメンが有るのか…九条葱うどんも良いけど、帰国便だから『ふるさと』って気分だしな」。CAを呼び注文をすると、暫くしてラーメンがトレイに乗って運ばれて来た。

「おっ、海苔も付いてるのか」…乾燥しない様に別封された海苔を麺に載せ、胡椒を掛ける。「うーん、旨そうな香りだ!」。そして、早速麺を食べてみる。「ズルズル、ズルッ」…「うん、麺にはコシが有るな。スープはどうだろう?」。「うーん、一寸塩っぱいかなぁ…矢っ張りインスタントだ。でも機内食だから、仕方無いか…」。

「ハフハフ、ズルッ、モグモグ、ゴクッ」。確りとラーメンを食べ終えた俺は、それでも一抹の物足りなさを感じ、九条葱うどんを追加注文しようと思ったが止め、おつまみを注文する事にした。するとCAは俺の体格を見たからか、何故か6袋も持って来たのだが、その内3袋だけを貰い、早速食べ始めた。

「ボリボリ、ポリポリ」。結局10分も持たずに3袋を食べてしまったが、「なんだかな…矢っ張り、葱うどんにすれば良かったかなぁ…」と云う思いが消えず、再び葱うどんを注文しようとも思ったが、「どうせ、日本で食べ過ぎるんだしな…」と思い直し、九条葱うどんは帰米の際の楽しみとする事にした。

日本迄、後6時間だ。


と此処まで読んで来て、「何だ、『あのマンガ』の只のパロディじゃ無いか…」と思った人は、当然久住昌之原作、谷口ジロー作画の「孤独のグルメ」のファンだろうから、同志として強い握手を交わしたい。

このマンガの事は、先週建築家J君とアーティストAちゃんの若いカップルから、50回目の誕生日プレゼントとして「文庫版」を貰う迄全く知らず、週末疲れ切った身体を横たえて読み始めたら此れが止まらず、それは読み進めるのに連れ、自分が主人公の「井之頭五郎」に同化し、恰も自分が「東京都千代田区秋葉原カツサンド」や「東京都北区赤羽の鰻丼」、はたまた筆者も井之頭と全く同じ経験の有る、「東京発新幹線ひかり55号のシュウマイ」を食している様な気分に為ったからだ(笑)。

さて、筆者が本作に入れ込む理由は、単に主人公の井之頭五郎が他人とは思えないからなのだが、この井之頭の特徴を簡単に下に記せば…

1) 食べるのが大好きな独身中年男。2) 輸入雑貨商を生業として居る。3) かなり体格の良い男で、祖父が古武道の達人。4) 正義感が強い。5) 何時も腹を空かせている。6) どんなB級グルメでも正直に「うまい」を連発する(塩っぱ過ぎたりする時は、キチンと心中文句を云う)。7) 注文した料理の食材がダブって仕舞ったり、注文し過ぎて食べ過ぎる事が多い。8) 見かけに寄らず、全く酒が飲めない。9) 甘党で和菓子好き。10) 普段は穏やかだが、割に喧嘩っ早い。11) 孤独を愛し、無口。

以上を読んで、筆者をご存知の方なら、「この主人公のモデル、孫一ちゃうか?」と思われる方も居るのでは無かろうか?

1) は「独身」と云う以外は当然そうだし、2) の「職業」も何と無く近い。3) と4) 共に筆者の実際と同じなのだが、特に筆者の父は合気道七段だったので、3) には我ながら吃驚する。5) から7) も当に筆者その物だし、特に8) と9) は「やっぱり俺がモデルでは?」と思う程…。そして10) は知る人ぞ知るだが、11) だけが筆者が井之頭のモデルで無い証だろう(笑)。

この「孤独のグルメ」、日本では実写にも為っていると聞くが、見てみたい様な見たくない様な…しかし本作には、全編を通じて静謐でそこはかとなく哀愁が漂い、謂わば「食のハードボイルド」とでも呼びたい作風で、嘗て大ファンだった漫画「マスター・キートン」と同じストイックな雰囲気を持つ、何とも味わい深い作品で有る(実際は、井之頭が全然ストイックで無い処が素晴らしいのだが…:笑)。

昨晩、(クサマヨイ改め)マヨンセと共に日本に到着したのだが、この「孤独のグルメ」を考えただけで脳裏に浮かぶ、地元のB級グルメの例えば駿河台下キッチン・カロリーの「ジャンボ鉄板焼」、すずらん通り天婦羅はちまきの「穴子天丼」やスヰート・ポーヅの餃子「中皿」、小川町いるさの「海老パン」や神保町さぼうるの「ナポリタン」、或いはさゝまの夏和菓子「紫陽花」や亀澤堂の「大福」(豆大福は夏の間は無いのだ)等の事を思っただけで、既に口中に涎が溢れる…。

仕事、休暇、下見会の為に、東京→京都→大阪→備前→萩→東京と滞在するこれからの日本での3週間弱、筆者の考え得る最大の悩みは「売上」「顧客」「湿気」よりも、「食欲」に違いない(笑)。