「彼らがアートを解放した」。

5日の夜、成田に着いた。

機外に出た途端の湿気に驚くと共に、酷い時差ボケに悩まされ、早朝4時には起きて仕舞った6日は、朝降った豪雨も落ち着き空も青空を覗かせると、先ずは亡き父の墓参を済ませ、その足で多摩に一人住む母を尋ね、昼食を取る。

そして夕方からは、国立新美術館で開催された「アメリカン・ポップ・アート展」の内覧レセプションへ。

本展は世界的なポップ・アート・コレクターで有るジョン&キミコ・パワーズ夫妻のコレクション展で、部分的にはコロラド州カーボンデールに在る「パワーズ・アート・センター」で公開されているが、全貌公開は日本初、いや世界初と云っても良い。

さて、ジョン・パワーズ氏は1950年代後半からコレクションを始め、後の世に云う「Pop Art」作品を蒐集し、ポップ・アーティスト達の友人として、またそのムーヴメントの最大の理解者の1人として君臨した。

そしてそのコレクションには、「過去」から「アートを解放した」ウォーホル、ウェッセルマン、リキテンスタイン、ジャスパー・ジョンズ、ローゼンクイスト、オルデンバーグ、ラウシェンバーグ、ダイン等のアーティストの重要作品が含まれ、恐らくは現存する個人所有のポップ・アートのコレクションとしては、世界でも最も重要なコレクションの1つと云っても過言では無い。

特にジャスパー作品のラインナップは凄く、紙作品のコレクションとしては全作品の内1作品のみが足り無いだけの世界第2位で(因みに1位はMOMAで、確か「その1枚」の差で有る)、コレクションの白眉と為って居る。

展覧会ではその他にも重要作品が目白押しだが、「これはスゴい!NO.1」と云えば、何と云ってもウォーホルの「200 Campbell's Soup Cans」 だろう!…1962年作の本作は、182.9 x 254.3cm.の巨大画面に、20個 x 10段の計200個のキャンベル・スープ缶が並ぶ圧倒的な作品で、大量生産と消費をイメージしたスープ缶シリーズでも、これだけの迫力の有る物は稀だ。また技法もステンシルの使用に因って「反復」を強調し、それが則ち工場でのオートメーションを連想させると云う、ウォーホルの生涯作品の中でも極めて重要な作品だと思う。

その他にも、ルノワールの絵画をフィーチャーしたウエッセルマンの「Great American Nude #50」や、思わずスイッチを押したくなるラウシェンバーグの「Revolver」(触ってはイケマセン!:笑)、オルデンバーグの「Geometric Mouse, Scale B」等名品が観れるが、実は筆者に取って最も興味深かった作品は、ウォーホル1972年制作の「Six Portraits of Kimiko Powers(キミコ・パワーズの6つのポートレイト)」で有った。

このキミコ夫人を描いた連作は、ウォーホルの作品としては珍しく下絵的な要素が有って、線や構図の変化が見られるが、元来ブルーノートのレコジャケ迄描いて居たグラフィックデザイナーだった、完璧主義者なウォーホルは、その素描ですら「フィニッシュト・ワーク」が多く、彼の制作上の意識の変化や変遷が観られ、直しや変更跡の残るカンバス作品は甚だ貴重で大層面白い。

そしてこの展覧会を観るに際して、もう1点付け加えたい事が有るのだが、それはパワーズ氏がポップ・アートの収集開始の数年後に、日本古美術の収集を始めたと云う事実だ。

素晴らしいクオリティの仏教・神道美術(仏像、垂迹美術、経典、室町期の水墨画と墨跡を含む)と、桃山・江戸絵画(初期風俗画屏風、乾山の焼物も含む琳派、洋風画、文人画、肉筆浮世絵、南蛮人蒔絵等も含む)の大きな2本のコラムを持つコレクションは、昨年ヒューストン美術館での展覧会で公開されたが、最高クオリティ、最大規模、最後の日本未公開の在外日本美術コレクションなので有る。

ジョン氏が何故日本美術を集め始めたのかは定かでは無いが、もしかしたらキミコ夫人の存在も有ったのかも知れない…何れにしても、ポップ・アートと日本古美術と云う、全く異なる分野での大コレクションを作ったパワーズ夫妻の「眼」には、喝采を送らずに居られない。

そしてこの展覧会を観、この事実を知ると、「アートを解放した」のは決してウォーホル等のアーティストだけで無く、金額やコンテクスト、分野に拘らない、自分の好きな物を自分で勉強しながら集めると云う、自由自在なコレクション形成をしたコレクターも、その重要な役割を担った一員だった事が判る。

ウォーホルの「バナナ・ケース」等、欲しくなる物一杯で大充実なミュージアム・ショップも含めて、必見の展覧会で有る!