「戦後美術」が生んだ世界新記録:ベーコンとフロイドに万歳!

昨晩、日本にやって来た。

ニューヨークを出る朝、起きると何と外は猛吹雪で、短い秋が終わり厳しい冬の訪れを強く感じさせたが、この小さな「島」の街がこれだけ世界でも名だたる文化・経済の中心地に為った理由の1つには、この厳しくメリハリの有る気候が有る様に思う。

その土地に温度や財産の格差が有った方が、尖った芸術は生まれやすい。

が、その土地で最近銃撃事件が多発している。一番驚いたのは、ロックフェラー・センターに在るオフィスから徒歩5分の、筆者もランチを携えて出掛ける「ブライアント・パーク」で通行人2人が撃たれた事件で、略毎日あの辺をウロウロして居る身に取っては、背筋が凍る思いだ…「刺激」と「危険」は双子なので有る。

てな事はさて置き、大ニュース!

前夜のフィリップスのイヴニング・セールで、1000万ドルのエスティメイトの付いたロスコが売れなかった事で、一寸気掛かりなスタートを切ったこの秋の現代美術ウィーク…が、豈図らんや、一昨日開催されたクリスティーズの「現代美術イヴニング・セール」は、3つの「世界記録」を達成した末に終了。

何しろ69点のオファーで63点売れ、一晩で叩き出した売り上げは、総額6億9158万3000ドル(約688億1200万円)…これは如何なるオークションでも、1回のオークションでは世界最高額の新記録だ!

そしてベーコンの「Three Studies of Lucian Freud」(1969)が1億4250万ドル(約141億7800万円)で売却され、これは歴史上オークションに掛かった「如何なる美術品」の中でも、世界最高価格新記録と為った(これ迄はムンク「叫び」…拙ダイアリー:「『12分11秒後』の『叫び』」参照)。

また、セカンド・トップ・ロットのクーンズの「Balloon Dog (Orange)」も、5840万5000ドル(約58億1000万円)で売れ、これもアーティスト・レコードと共に「現存作家の世界新記録」(これ迄はリヒター)を樹立。

その他、ベーコンとクーンズ以外にもウール、フォンタナ、ジャッド、デ・クーニング等計10名のアーティスト・レコードが輩出し、都合5000万ドル以上で売れた作品が3点、1000万ドル以上が16点、100万ドル以上の作品が56点売れたと云う、モンスターセールと為った。

ベーコンのバイヤーは、老舗Acquavella(此処には元クリスティーズの社員が2人居て、1人は元印象派部門のヘッド、もう1人は元クリスティーズ・アジアのチェアマンで、中国人顧客の専門家)と公表されたが、トップ10のバイヤーズ・リストには元ガゴシアンのChristophe Van de Weghe(ウール)や、元クリスティーズのDominique Levy(フォンタナ)等の名も見え、(その後ろの顧客は分からないにしても)ニューヨーク・ベースのバイヤーの活躍が目立ったが、公表されたアジア・バイヤー(バスキア)1人を含む42カ国からのビッドが飛び交ったこのセールは、史上最も多くの「新しい『国や地域』」からビッドが集まったセールでも有った。

さて、今回新記録を達成したベーコン作品「3枚続」(思わず「三幅対」とか云いそうに為る:笑)だが、嘗てバラバラにコレクターの許で所蔵された経緯が有り、しかもその内の1枚(左)は一時期日本の個人コレクションに有ったと云う事実も含め、その来歴も頗る面白い。

が、何しろ20世紀最高の画家(「…の1人」と云うべき処なのだろうが、筆者は敢えて云わない!)で有るベーコン(1909-92)が、友人且つライヴァルでもだった、これまた20世紀最高のアーティストと云って良いフロイド(1922-2011)を描いたと云う、謂わば20世紀の二大巨塔が関わった記念碑的「肖像画」が、制作後44年を経てオークション史上最高額と為った事は意味深い。

その上、個人的にこの両アーティストの大大々ファンとしては(拙ダイアリー:「"Scrambled" Bacon@MET」、「『偶然の画家』フランシス・ベイコンに関する覚書」、「ルシアン・フロイドの『離見の見』」等を参照)、当然と云えば当然の結果だと云って置きたい。

今となっては「44年前」を「現代」とは呼び辛い為、クリスティーズサザビーズと異なり「Post War & Contemporary」を「オークション・カテゴリー」として居る訳だが、その通りベーコンは、ピカソムンクが生きた時代「近代」とも、現役クーンズが活躍して居る「現代」とも生きた時代を異にする…愈々以って「戦後美術」の価値が高まって来た事を痛感させられる、物凄いセールで有った。

個人的にも業界的にも、ベーコンとフロイドに万歳!