「生者のアート」の確認。

先週ニューヨークで開催された現代美術ウィークは、結局クリスティーズの圧勝に終わった。

水曜に開催されたサザビーズのイヴニング・セールの売上額は、3億6437万9000ドル(約370億円)に止まり、翌日のデイ・セールと合わせても4億6121万8750ドル(約468億円)、フィリップスは木・金のイヴニング+デイ・セールで、1億4557万4250ドル(約148億円)の売り上げだった。

それに対してクリスティーズは、月曜開催の特別セール「If I Live I'll See You Tomorrow」、前回此処で記した史上最高売り上げを記録したイヴニング、そしてデイ・セールで計9億7522万2500ドル(約990億円)を売上げ、これは1分野のセールのオークション史上最高売上新記録と為り、1分野・1シーズンのオークションが、1000億円売る事も現実味を帯びて来た。

そして、予期せぬ一泊をする羽目に陥った出張先からの早朝便でニューヨークに戻ったその翌日、再び今度はJFKから飛び、飛行機の遅れも手伝って、ヘルズ・キッチンの家を出てから27時間後の深夜に僕が到着したのは、気温30度で湿度の高い香港で有る。

前夜の疲労を癒して荷ほどきをし、元気一杯の某コレクターと早目のランチを「L」でした後、VIPパスを携えて向かった「アート・バーゼル香港」は結構な人で賑わっており、クリストフやケン、小山さんや山本さん、南塚君等の知り合い達とマーケットや今回の状況を話したりしながら、広大な展覧会場を観て回る。

個人的にはショーン・ケリーの出して居た、何処と無く平野啓一郎芥川賞受賞作「日蝕」を思わせるフランス人作家の作品や、ペロタンでの加藤泉の大作等が気に為ったが、如何せん財布が云う事を聞かない(泣笑)。

翌日向かったのは、クリスティーズ香港オフィスのギャラリー。此処では、現在開催中の日本現代美術の「セリング・エキジビション」を重要顧客と観る。

出展は奈良美智松井冬子加藤泉山口晃、青木克世等の18作家、40作品…奈良や加藤の絵画等は既に売れて居たが、驚いたのは、空き缶やゴミ箱等を焼物で作る作家三島喜美代が、何と82歳だと云う事だった!

その顧客と「C」で飲茶を食べて別れると、次に向かったのはコンラッド・ホテルで開催されて居た「Asia Contemporary Art Show」。

此方は、ホテルの5階分の各部屋を画廊に当てがっての所謂「ホテルルーム・ショウ」で、日本からは数軒の画廊の出展が有った。何しろ数が多過ぎて観るのに疲れて仕舞ったが、此処では日本の画廊が出して居た、故吉村芳生の「新聞自画像」が遂に観れたのが収穫…然しこの作家の執念は、実にスゴい。

そしてその夜は、ワンチャイに在るシーフード・レストラン「S」でディナー宴会。

日本・台湾・香港のディーラー、コレクター、アーティスト等の総勢15人程で盛り上がるが、然し香港の飯は旨過ぎて、本当に困る…過食を責めるマヨンセの顔が、一口毎に眼に浮かぶからだ(笑)。其の後は有志の10人程で、夜半過ぎ迄超クールなバー的「質屋」で飲むと云う、極めて香港な楽しい一夜と為った。

さて、僕は日々「古美術」と云う、制作者が既にこの世に居ない「死者のアート」を扱っている。それは確かに「歴史」を扱う貴重でエキサイティングな事なのだが、そればかりだと眼が疲れて来て仕舞う。

そんな時、僕は必ず現代美術に関わる様にして居るのだが、それは何故なら、如何なる古美術も出来た時は「当代美術」=「現代美術」だった訳で、今現在「古美術」として残り、我々の眼に留まり、大事に保管させる程の魅力の有る「古美術」は、必ず制作時の「現代性」を保っている物なのだ。

またその反面、「現代美術」は制作者のフレッシュな「息遣い」や「情熱」を当然持って居て、古美術にはその「生っぽさ」は既に失われ、「気配」や「痕跡」だけしか遺って居ない事も多い(其れ等が残って居る事自体が凄いのだが)。

そして僕の場合、古美術のその残り香的「現代性」を見抜く目は、「現代美術」=「生者のアート」を観る事に因って教えられ、培われる事も多い…だから、僕は現代美術を観続けるし、手元に置きたく為る。恐らく「逆も又真也」で、現代美術を扱う人に古美術コレクターが多いのも、それが理由なのでは無いかと思う。

今回も香港で確りと「生者のアート」を堪能した僕は、数時間後には日本行きの機上の人と為る。