「白蘭の歌」に観る「良き時代」。

今年のニューヨーク裏千家での「利休忌」は所用の為出席出来なかったが、毎年「利休忌」が来ると、1年の1/4が終わって仕舞った事に愕然とする。

時間と云うヤツは、他人の事等決して待って呉れないのは判っているが、こう早く過ぎて行くと、何らかの理由で「時計の進め方を早めて居る」のでは?…と云った地球的規模の陰謀説すら唱えたく為る(笑)。

さて、今日は先ずは告知から…来る5月にクリスティーズ・ニューヨークで開催される、印象派・近代絵画、現代美術を含んだスペシャル・キュレーション・セールに、ピカソの大作「アルジェの女たち(Version 'O')」が出品される。

この「アルジェの女たち」は1955年、ピカソ74歳時の油彩・カンバス作品。フランス19世紀の画家ユジェーヌ・ドラクロワ1834年の名作「アルジェの女たち」をモティーフとして居て、1997年11月10日にクリスティーズ・ニューヨークで開催され、当時としては恐るべき売り上げを記録した「Victor and Sally Ganz Collecion」セールに於いて、個人コレクターに3190万2500ドルで売却された作品だ。

そんな「アルジェの女たち」が18年振りにマーケットに戻って来る訳だが、上記ガンツ夫妻がこの作品をパリの画廊から1956年に購入した際、その価格が21万2500ドルだった事が判っている。

なので、97年の売却価格はその約152倍、そして今回の価格は恐らくは一昨年11月に世界最高価格を記録した、ベーコンの「ルシアン・フロイドの肖像の習作」(拙ダイアリー:「『戦後美術』が生んだ世界新記録」参照)と同等と見られているので、仮にその価格を1億4000万ドルとすると、この「アルジェの女たち」の価格はこの18年間で「約4.4倍」、そして59年間では何と「約666倍」(「オーメン」か?:笑)に為って居るのだ…ピカソ、恐るべし!で有る。

と、「アルジェの女たち」に新たなる世界記録を期待しながら、今日の本題へ移ろう…今日のテーマは、ピカソ58歳当時の満州国

そしてその時代に遡る為、先週金曜の夜向かったのはジャパン・ソサエティ…現在開催中のシリーズ "The Most Beautiful: The War Films of Shirley Yamaguchi & Setsuko Hara"の中の1本、「白蘭の歌(Song of the White Orchid)」を観る為だった。

この「白蘭の歌」は1939(昭和14)年公開の渡辺邦男監督作品、東宝満州映画協会の共同制作の所謂「国策映画」で、原作は久米正雄の新聞連載小説(同名主題歌の歌詞も久米正雄作)。

主演は長谷川一夫と李紅蘭で、その後「大陸三部作」(残り2本は「支那の夜」と「熱砂の誓ひ」)で共演する事に為るのだが、本作はその第1作と為る大恋愛大河ドラマと為って居る。

満鉄の技師役の長谷川は、劇中でも上司の娘、弟に嫁がせようとする幼馴染の女子、そして恋仲の中国娘の3人から想いを寄せられるモテモテ振りだが、然しその3人の中でも恋人役の李紅蘭の気の強そうな美しさは群を抜いて居て、反共思想と満州政策の推進を背景に置いた2人の悲恋話に、一際味わいを添えて居る。

李紅蘭(山口淑子、或いはシャーリー・ヤマグチ)の人生の事は、以前此処に記したので詳しく書かないが(拙ダイアリー:「もしも利休がデュシャンを招いたら」参照)、「彼女の人生こそ、『映画』に為るべきだ!」との想いで観た本作での、彼女の人生に於ける最高潮の美貌と存在感は、その後のシャーリー・ヤマグチとしてのハリウッド女優時代、そして山口淑子としての日本での芸能人時代の成功を容易に想像させるものだった(そして彼女が後に政治家に為った事も…)。

また、この時代の「国策映画」の製作背景には色々と議論が有るだろうが、「白蘭の歌」では奉天や哈爾濱(ハルビン)の街の実際の様子、或いはナイトクラブや移民農地開拓、そして満鉄に拠る鉄道敷設や盧溝橋事件等の風俗・生活・政治模様が描かれて居り(余りにも主観的だろうが)、僕に取っては当時の満州国を知る良い手掛かりと為った。

今回この「白蘭の歌」を一緒に観に行った友人の祖母は、現在90歳を優に超えて居るらしいのだが、満州国で生活をし、友人の母親を彼の地で産んだとの事…そしてその祖母は、軍人だった夫が戦犯として処刑された過去が有っても、「満州時代は本当に良かった」と今でも云って居ると云う。

この作品を観る限り、そして本作内で流れる「白蘭の歌」や「荒城の月」、また「いとしあの星」を聴く限り、政治背景は兎も角も、其処に住む日本人に取っての満州統治時代は、成る程「良き時代」だったのかも知れない。

そしてそれは僕が今、革命前のエジプトやイラクに対して想う感慨と何処か似ている…そんな事も思わせた「白蘭の歌」でした。