1+1+1=0.5?

7月18日(水)
10:00 電話会議。然し何度やっても、英語での電話会議は苦手だ。人の顔を見て話せば、その顔つきや息遣い、或いは身振り手振りでより理解が深まるが、例えば英国或いは香港訛りの強い人や、早口の人等の意見を耳だけで聞いて理解し、コメントするのは未だに難しい。

13:00 顧客に見せる為に、古美術商に仏教彫刻の大名品を借りに行く。ウーム、何度観ても素晴らしい!このタイプは中々市場に無く、見つけるのに手間取ったので是非共売りたい。平安時代ってやっぱり良いなぁ…。

14:00 その作品を撮影する。矢張り良い作品は立体的で陰影を持ったイメージが必要だ。こう云う時に、広告代理店時代の経験がモノを云う訳だが、バブル時代に典型的な、ブラックな会社員経験も貴重と云う事か(笑)。

19:00 同僚と自由が丘に向かい、もう20年以上の付き合いの有る日本戦後美術のコレクター氏と和食ディナー。さて今を去る事20年以上前、僕が嘗て日本に勤務して居た頃に、クリスティーズの現代美術オークションにレギュラーで出て居た日本人作家と云えば、今の様に草間・奈良・村上・杉本等では無く、菅井汲や岡田謙三、荒川修作、そして河原温だった。その中でも河原作品は、昔も今も高額商品しか出ない「イヴニング・セール」に出ているのだからスゴい。そして当時、今マーケットを席巻して居る草間や白髪一雄、李禹煥等は、250万円も有ればかなり大きい作品が買えたのだから、市場の変化とは恐ろしい。そんな中、僕は幸いにもニューヨークで「ジョン・D」の夫人だったブランシェット・ロックフェラーの日本戦後美術コレクションの売り立てを経験し、其処で斎藤義重や山口長男、長谷川三郎や猪熊弦一郎、オノサトトシノブや堂本尚郎を知り、斎藤と山口を特に好きに為った。そしてこの晩お会いした顧客は、菅井や山口等の名品を沢山持って居らしたので、当時色々な事を教わったりしたのだが、この日も昔の様にお互い好きな戦後アーティストの話で盛り上がり、誠に嬉しいひと時と為りました。


7月19日(木)
11:30 修復家に会い、某作品の修復をお願いする。この方は「神の手」と云っても過言では無い腕の持ち主。然しこれだけ修復技術が進むと、その内修復がされて居るかどうか誰も判断が出来なく為り、修復の有無が作品の価格に与える影響も無くなるのでは無いか?

14:00 某美術館学芸課長と面談。或る企画を相談する。

15:30 六本木の顧客を訪ね序でに、久門剛史「トンネル」展@オオタ・ファイン・アーツを拝見。「円」と「ズレ」を楽しむ。

16:00 階下の顧客を訪ね、古美術四方山話…そう、この四方山話こそが重要なのだ。


7月20日(金)
9:30 香港のボスと電話会議。今年のクリスティーズの半期売り上げは史上最高らしいが、僕の仕事は今の所絶好調とは云えない。

12:30 久し振りに会う親友Iとランチ。この年に為ると、全く利害関係の無い学生時代の親友の有難さが身に染みる。「検診結果」が話題の中心だとしても、だ…(笑)。

17:30 打ち合わせを兼ねて某美術商を訪ね、箱紐の修理と仕覆を頼んで居た茶碗を受け取る。このお茶碗は、僕の持ち物の中でも来歴も含めて大事な作品で、秋冬にこの茶碗で飲むお抹茶は何物にも代え難い。嗚呼、早く秋にならないかなぁ…。

20:00 山へ貢物に行くと食事をする事と為り、これは謂わば完全では無いとしても禊を終えた感じで、漸く心の平安を取り戻す。神に感謝。

23:00 テレビのニュースで「カジノ法案」成立を知る。これで日本は「博打で金を稼ぐ」、所謂ヤクザ国家と為った訳だ。国に拠る金稼ぎのアイディアがこれしか無いかと思うと、絶望せざるを得ない。何の為の官僚、政治家なのだ…知恵の無い官僚や政治家は要らないよ。


7月21日(土)
12:30 音楽家の友人と、青山の「C」でランチ…エスニックな料理を、多種類のオリーブオイルで楽しむ。

14:00 来月で無くなって仕舞う、麻布の茶の湯者の茶室のお別れ茶会に音楽家と訪れ、一服頂く。カジュアルにもフォーマルにも為るこの茶室、失く為るのは本当に惜しい。

15:30 サントリー美術館で開催中の展覧会、「琉球 美の宝庫」展へ。本展を観ると、その色彩や形状から、今更だが琉球が異国だった事が良く分かる。その中でも、国宝琉球王家尚家の「王冠(付簪)」が特に素晴らしい。

17:00 東京画廊BTAPで始まった、NYの友人アーティスト大岩オスカールの展覧会、「光の満ちる銀座」のオープニング・レセプションへ。久し振りに会うオスカールは、相変わらず細くて物静か…とてもあんな大きなキャンバス作品を制作する男には見えない。一点凄く素敵な絵が有って(絵は当に人を顕す!)、超欲しいと思ったのだが、そう云う時に有り勝ちで、既に売れて仕舞って居た…無念。

18:30 オスカールを囲むディナーに出席。有名コレクターT先生や、文化機関のキュレーター女史、美術誌のI編集長や画廊の方々と共に楽しいひと時を過ごす。驚いたのは、画廊のT氏が骨董屋さんの息子さんだった事。で、序でにI編集長に「『古』美術手帖」企画を話す…実現したいなぁ。


7月22日(日)
11:00 この日は、一日中「1人で」部屋の模様替えを試みる。先ずは猛暑の中、書庫にスペースを作る為に書庫の本と本棚の一部を寝室に移す。やって見ると思ったより部屋がスッキリしたので、寝室に本棚を入れる序でにベッドの位置を変え、家中のアートを掛け替え、ダイニング・テーブルを大きくし、其処に焼物を飾る、と云う大模様替えに発展。さあ、新しい1年へ向けて、気分一新だ!


7月23日(月)
18:00 東京都写真美術館に向かい、NYの知人写真家杉浦邦枝さんの展覧会「美しい実験 ニューヨークとの50年」のレセプションへ。杉浦さんの作品は、60年代から現在まで多様化するが、個人的には70年代後半の作品が好きだ。レセプションでは、もうすぐ何とTATE Modernに移られると云うN氏やディーラーO氏、映画監督のS氏やNYの友人達等にも遭遇。


7月24日(火)
10:00 電話会議。デンワカイギ…デンワカイギ…デンワカ…デンワ…デン…。

14:00 猛暑の中刀剣商を訪ね、甲冑一式を拝見する。某大名家伝来の物で、風格の有る作品だ。作品拝見後は、最近の「刀剣女子」ブームの話…然し若い女の子が列を成して、刀剣の展覧会に来る時代が来るとは思わなかった。そして話は現在巡回中の「エヴァンゲリオンと日本刀」展へと続き、これもまた時代の変化を感じさせるが、日本古美術のプロモーションには大きなヒントと為るのでは無いか?

19:00 25年来の古美術界の友人6人で久し振りに集まり、銀座の中華料理店で食事。こんなグループは業界内でも今時珍しいと思うが、僕の他の5人の内1人は老舗骨董店社長、残りの4人は独立して自分の店を持って居て、皆頑張って居て嬉しい。本当はもう1人、今地元で画廊社長をして居る1番若い仲間が居るのだが、残念ながら欠席…彼は今ちょっと大変な時期なのだが、頑張って乗り越えて欲しいと切に願う。

21:30 食事後、上記面子で並木通りに在る飲み屋「M」へ。此処は、この20数年間僕等がもう何回通ったか分からない店なのだが、其処に昔から居る女性が到頭卒業する(笑)との事で、そのお祝いに駆け付けたのだった。そして懐かしい飲み会も終わり、店を出ると、其処で「桂屋さん!」と知らない男性3人組に声を掛けられ、吃驚する。夜の銀座で知らない男3人に声を掛けられる程怖い事は無いが、「何方ですか?」と聞くと、何と彼等は僕が幼稚園から高校迄を過ごした学校の後輩で、僕の同級生で今はその小学校の校長になって居るYと、さっき迄飲んで居たと云う。世間は狭いが、何で会った事も無いのに僕だと分かったのかと問うと、テレビを見たのだそうだ。もう1年半近く前なのに、若い人は記憶力が良い…と云うか、怖い(笑)。


7月25日(水)
9:00 昨日正式発表されたクリスティーズの本年度上半期の業績は、噂通り半期での史上最高売り上げの約30億英ポンド(約4400億円)を記録した。これは前年同期のドルベースで35%アップで、特筆すべきは全バイヤーの27%が「新規顧客」、そして落札率が84%迄上がった事だろう。またライヴ・オークションでのネット参加とオンライン・オンリーセールを含む、「デジタルセール」の売り上げは8800万ポンド(約128億円)にも上り、新時代の到来を感じさせるが、古いタイプのスペシャリストとしては「モノを見ないで」買う人が増える事に、少々危惧を感じる。顧客地図を見ると45%がアメリカ、24%がアジア、そして31%がヨーロッパと為っており、アメリカが36%増、ヨーロッパ・中東・インド・ロシアが4%減、アジアが24%増(何れもポンド・ベース)、そして売上高ベースではアメリカ59%、ヨーロッパ及び中東が29%、アジアが12%と為って居る。またもう少し特徴的な事を報告するならば、メインランド・チャイナの顧客数が24%増加し、アジア全顧客の60%が東洋美術品「以外」のカテゴリーの作品を買って居ると云った所だろうか。然し世界は狭く為り、格差は大きく為る一方。

12:30 仕事上の頼み事をする為、顧客と「C」で鰻ランチ。鰻巻き、いや上手くやって頂きたい。

18:00 デンワカイギデンワカイギデンワカイギ。


7月26日(木)
9:30 ニュースで、オウム死刑囚の残り6人が処刑された事を知る。死刑も絞首刑も全てが古臭いし、残酷だ。而も13人処刑って、不吉だ…祟られても知らないよ。

11:00 神保町の顧客を訪ねがてら、予てから探して居たアルチュール・ランボオ作、小林秀雄訳の「酩酊船」初版限定本を某古書肆で観る。白革貼、木版で擦られたこの本の装丁は青山二郎で、波をイメージしたデザインも誠に美しい。稀に見る状態の良い本だったので、思わず買って仕舞ふ…あはれなり。

12:00 ダッシュで東京駅に駆け込み、新幹線で京都へ。車中では焼売弁当を頂きながら、ローラ・カミング著「消えたベラスケス」を読む。「スリーパー」は、貴方の側に眠って居るかも知れませんぞ!

15:00 京都に着くと、先ずは骨董街の店2軒を訪ね、店内の作品を横目で見ながらの四方山話。

16:00 某店で今回の出張の目玉、京都画派の絵師に拠る大名品屏風一双を観る。某美術館所蔵の姉妹作品と云っても良い墨絵淡彩の屏風だが、迫力満点で魅力的。この絵師の初期作品では無いだろうか?

18:00 その骨董商と食事に行く直前、祇園界隈のカフェで彼とアイスコーヒーを飲んで居ると、道行く人の中に見覚えの有る顔が…良く見ると旧知の古典芸能関係のお家元で、声を掛けると一緒に食事をする事に。花街裏通りの寿司割烹で、骨董談義有り、舞台話有りの楽しい時間を過ごしました。


7月27日(金)
10:00 朝イチで某骨董商を訪ね、粉青沙器を観る。僕は若い頃一時期韓国陶磁器に心酔した事が有って、色々買って勉強したりして居たが、最近は興味が茶碗と仏教美術に移って仕舞った。が、矢張り良い作品にはかなり強烈な魅力が有る。中国陶磁→朝鮮陶磁→日本陶磁→茶碗→仏教美術と、コレクションが変わる日本人コレクターに偶に出会うが、良ーく分かるなぁ、その気持ち(笑)。

13:00 修復を頼んで居た作品が戻って来る。然し、この方の「直し」は神業だ。彼は「ゼロ」(拙ダイアリー:「『神の手を持つ男』への依頼」参照)か?(笑)

14:00 修復された作品を、オフィスで撮影。オフィスが広いと、こう云う事も出来る。

16:30 新宿の柿傳ギャラリーで始まった、「金重有邦に学ぶ 斿工房 食のうつわ展III」へ。お互いの先代からお付き合いの有る備前焼の作家、金重有邦氏のご子息とお弟子さんで構成された斿工房の器は使い易く、その上芸術性も有り、僕も大ファンだ。今回の展示販売も皿から茶碗迄バラエティに富んだ、魅力的な作品ばかり。会場では陶磁協会のM氏や、老舗古美術店のN氏等にもお会いする…斿工房の注目のされ具合が分かると云うモノ。

22:00 ニュースで、自民党杉田議員の問題寄稿を知る。ニューヨークに長く住んで居ると、子供の有る無しや性差別に関するこう云った発言を聞く事自体が稀なので、驚くやら呆れるやら。本当に日本の政治家の世界は狭く、外の世界を知らな過ぎるから、自分の周りだけでイジイジと忖度したり差別したり、世界の人が聞いたら噴飯モノの行動や発言を繰り返すのだ。然し、集団では何事もトップの人格や世界観が下の者に明から様に出るので、この件が発覚直後に党首から注意や撤回要請が杉田議員に出なかった事自体、ヤッパリ感が強い。外務省が何も云わないので僕が云うが、我が国は大量死刑や子供の居ない人や女性への差別、公文書改竄しても無罪、総理が国会で解明すると明言した事件を完璧に無視すると云う、世界にも稀に見る「珍種国家」として、もう既に外国で散々報道されて居るので、海外に渡航する人は「非難」にご注意下さい。


7月28日(土)
13:00 出光美術館で始まった展覧会「『江戸名所図屏風』と都市の華やぎ」を、若手学者と観覧。同館所蔵のこの「江戸名所図屏風」は、小型ながら躍動感溢れる画風の本当に出来の良い屏風で、この時代の都市図に流行ったと思われる「中屏風八曲一双」の形態を取る。それで思い出すのが、嘗て僕が扱い、今は大阪城天守閣に所蔵されて居る「大阪城下図屏風」で、これもまた中屏風八曲一双の体だった。本展ではこの屏風を中心に「阿国歌舞伎図」や各種「遊楽図」、肉筆浮世絵迄を網羅して、江戸の風俗を鑑賞出来る…必見だ。

16:30 久し振りの歌舞伎座へ。この日の夜の部の演し物は「源氏物語」。海老蔵光源氏を演じるお馴染みの演目だが、まさかこれを歌舞伎座でやるとは…が僕の実感。で、今回は個人的意見では有りますが、かなり辛口に為りますので、ご容赦を。さてこの狂言の謳い文句は「歌舞伎・能・オペラ(+映像)の初の融合」らしいが、残念ながら「表面的コラボ」程虚しい物は無く、僕に取っては本舞台も「1+1+1=3」どころか、「1+1+1=0.5」で有った。さて僕の疑問は、1. 劇中突然外国人オペラ歌手が出て来て、外国語でアリアを歌う必然性が分からない、2. 何故海老蔵だけが口語台詞なのだろう?、3. 能とのコラボと云うが、劇中の一部分に能役者を配して舞わせたに過ぎず、結果能役者出演の必然性も分からない、で有る。真のコラボレーションとは、単なる異分野の寄せ集めとは異なるし、妥協で有ってはならない。「1+1=3」で無ければならないと思う。その意味でも若手中堅の能役者には、正直こう云う仕事に使う時間が有るなら、もっともっと能のお稽古に励んで欲しいと思って仕舞った。日本の文化は深く、人生は一度。能は長く、人生は短い。


7月29日(日)
18:30 某美術館副館長、核軍縮専門家のご夫妻と食事。核軍縮の先生の奥様とは初めてお会いしたが、何と某歌舞伎役者とお仕事をされて居り、嘗ては能のお仕事もされて居たとか。皆さんのプライヴェートなお話も色々聞けて、楽しいディナーでした。


7月30日(月)
12:00 今日はクリストファー・ノーランアーノルド・シュワルツェネッガージャン・レノローレンス・フィッシュバーン、そして僕の誕生日…「誕生日『体格』占い」とか有れば、大当たりだ(笑)。なので、母と弟夫妻、音楽家とバースデー・ランチを天麩羅「Y」で。幾つに為っても親は親、子は子、を実感する。

15:30 某所を訪ね、仏教美術系作品の逸品を観る。伝来もかなり良いし、古様な所も望ましいので、これは「彼処」に勧めよう、と心に決める。然しオーナーの方もモノ好き極まりない方なので、モノに就いて一緒に話し始めると何時も時を忘れる…そしてこれは、この仕事の醍醐味でも有る。

17:30 デ・ン・ワ・カ・イ・ギ。

18:00 ネット・ニュースで、東京五輪の開閉会式のチーフ・クリエイティヴ・ディレクターに野村萬斎師が就任した事を知る。オリンピック・パラリンピックの各々の担当者は、映画監督とCMディレクターらしいが、萬斎師が居る事で「トンデモ企画」には為らない気がするし、そう為らない様に期待する。前から云って居る様に、今回の五輪のそもそものテーマは「復興五輪」「平和五輪」で有るのだから(漸く「この言葉」が聞かれる様に為った)、この所の日本での大きな天災の被害を考えると、矢張り此処は「翁」しか無いと思う。五穀豊穣・平和祈念しか今の日本国は発信出来ないのだから。


初老の誕生日の僕は、美味しい料理、プレゼント、音楽、メール、手紙、そして何よりも暖かい気持ちを胸一杯貰い、「GO!GO!」スタートを切る勇気を得た。そして感謝の気持ちと共に、僕の1年がまた始まる。


ーお知らせー
主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。