アメリカ人が愛した日本美術。

木曜の朝に出張先のアメリカ某都市を出る時、4月も半ば過ぎだと云うのに彼の地は吹雪で、その所為で何かセンチメンタルで、タイムスリップした様な気に為った。

が、そんな気持ちに為ったのには、雪以外にもう1つ理由が有って、この街に来る度に何時も僕を乗せて走ってくれるリムジン・ドライバーMの選曲が、今回に限って何故かビートルズ尽くしで、然も「Let It Be」と「Long and Winding Road」が何度も掛かったからだった。

ビートルズの「Let It Be」は、実は僕が生まれて初めて買った洋楽のレコードで、当時この意味深な歌詞を覚えるのに必死に為った甲斐が有って、この日も車内で口遊んで居たのだが、時に偶々流れた曲がその時の自分の気持ちを知っていたかの様に映し出す事が有る様に、この大好きな2曲は僕の心に沁み込み、仄かな涙を誘った。

そんな寒い街と訣別し、暖かいニューヨークに戻った先週末は、昼は下見会の為に出勤、夜は修復家の友人G君のヴィザ獲得と建築家J君のバースデーを兼ねて、数人でチェルシーのタパス屋「T」でお祝い。

メンバーの1人がちょっとダウン気味だったので、美味しい小皿料理を摘みながら励ましたりしたが、夜半前最後に、皆でJ君にそっくり過ぎる程ソックリなベーシストが出て来る「ゲスの極み乙女。」のPVを観て和む(然し似て居る…)。

一方クリスティーズでは、来週22日に開催される日本美術のオークション「An Inquiring Mind: American Collecting Japanese and Korean Art」の下見会が始まった。

が、最近僕は「オークション」よりも、ここ数年クリスティーズが力を入れ始めた「プライヴェート・セール」を中心に活動して居て、因みに昨年の日本美術分野に於ける「プライヴェート・セール」の売上は、1500万ドル(約18億円)を超えた。

では「プライヴェート・セール」とは何かと云えば、端的に云えば「アート・ディーラー」の様なディーリングで、要は「顧客Aの持って居るモノを、オークションには出さずに顧客Bに密かに売る」事に拠って、クリスティーズは手数料を頂く、と云うビジネスで有る。

その場合、両顧客は日本と海外、海外同士、日本同士と云う様にケース毎に様々で、例えばアメリカの個人コレクターのモノを日本の美術館に売却したりして、国内外の個人・ディーラー・美術館の間を取り持って手数料を頂く訳だが、オークションと異なり「売り先」を自分で決められるのが、これ又嬉しい。

そんなプライヴェート・セールでは基本的に高額商品のみを扱うのだが、因みに去年売却した作品の中で、1点での最高価格は奈良期仏像の650万ドル(約7億8千万円)、今年に入ってからは某江戸絵画の195万ドル(約2億3500万円)…日本美術は世界の美術品に比べれば果てし無く安いが、トップ・クオリティのモノはそれなりに高額なので有る。

さて、話をオークションに戻そう…セール・タイトル「An Inquiring Mind: American Collecting Japanese and Korean Art」からも判る様に、今回のセールのテーマは「アメリカ人の愛した日本と韓国美術」で、勾玉から近代工芸迄の幅広いラインアップ。

このセールにはアメリカの美術館や個人コレクター(「パワーズ・コレクション」を含む!)からの出品作品や、「アメリカ人趣味」の作品が並び、それは例えば柿右衛門や鍋島等の色絵磁器だったり明治工芸だったりするのだが、そもそもアメリカ人が日本美術を買い始めたのは何時頃かご存知だろうか?

一般には余り知られて居ないが、米有名美術館の日本美術コレクションの殆どは、アメリカ人個人コレクターに拠る寄贈に因って成り立って居る。その黎明期、明治から大正期に掛けて形成されたコレクションの白眉と云えば、やはり明治政府お抱え外国人で有ったフェノロサ、そしてビゲローやスポルディング兄弟に拠って集められた、多分野に珠玉の作品を持つ、ボストン美術館(MFA)だろう。

MFAが所蔵する、「国宝保存法」制定の切っ掛けと為った「吉備大臣入唐絵巻」(と「平治物語絵巻」)は、日本に在れば国宝間違い無しの大名品だし、スポルディング兄弟が帝国ホテル建設の為日本に居たフランク・ロイド・ライトに、多額の送金をして買わせた珠玉の浮世絵版画コレクションは、世界最高の「状態」を保っている(門外不出処か、館内での展示も不可なのだから…僕が幸運にもそれ等を観た時には、「昨日摺った」様な色の残り方で至極感動した!)。

また現在クリスティーズの在るロックフェラー・センターから程近い、5番街に在った山中商会から購入した作品を多数含むMETのハヴメイヤー・コレクションは、刀剣・刀装具から漆工品等に至る迄の大コレクションだし、ワシントンD.C.のフリアー・ギャラリーは、チャールズ・フリアーが東洋への旅で求めた仏教美術や絵画のコレクションを基にしている。

対して戦前戦後期のアメリカン・コレクターでは、サンフランシスコ・アジア美術館に寄贈した元IOC会長のアヴェリー・ブランデージや、クリーヴランド美術館の碩学シャーマン・リー、そしてMETに寄贈したGHQ出身のハリー・パッカード等が著名だが、そのMETとミネアポリス美術館には最近「バーク・コレクション」が寄贈され、ミネアポリスには数年前にビル・クラークのコレクションも入って居る。

さて、日本人とアメリカ人のテイストは矢張り少々異なって居て、焼物で云えば「六古窯」や「土物」と呼ばれる例えば信楽備前、或いは志野や織部等の美濃の焼物よりも、色絵磁器の方をアメリカ人は好む。

また、絵画でも大概は水墨画よりも琳派や浮世絵等の色鮮やかな作品が好きだし、根付等その最たる物、19世紀後半にフィラデルフィアやシカゴで開催された万博で、当時明治政府の殖産興業と為って居た金工品・七宝・漆工芸の代表作家の作品もバカ売れした程(なので、日本には殆ど残っていないのだ!)、アメリカでの人気の方が余程高い。

もう1点付け加えるならば、好みの違いも然る事ながら、ボストン美術館が質の高い蕭白のコレクションを持って居る事、またご存知プライス氏の若冲コレクションからも判る様に、長い間日本では誰も見向きもしなかった作家の作品を、彼らが「自分の眼」で購入したのも事実。

そしてその事実は、僕がこの仕事に就く最大の切っ掛けと為った、或る事でも証明されて居るのだが、それは日本美術史家だった父がサバティカルの1年間、ニューヨークを基にしてアメリカの美術館に所蔵される日本美術品の調査をする事に為り、英語も外国も全くダメな、未だ元禄時代に生きていた父親に頼まれ、観光ヴィザで日本とニューヨークの間を行き来して居た28歳の年の事だ。

父親に連れられ、各有名美術館のギャラリーや倉庫に足を踏み入れた時、僕には大きな疑問が沸々と沸き起こった…それは、

「第2次世界大戦で原爆を2つも落とし、コテンパンにやっつけ占領した東の果ての小さな島国の美術品を、アメリカの美術館は何故ゆえこれだけの数を保有し、お金を掛けて保存修復し、展示し、未だ買い続けて居るのか?」

と云うモノだったのだが、どんなに考えてもその答えは唯1つ…日本美術品のクオリティが、世界の如何なるトップ・クオリティの芸術と比べても見劣りしないからなのだ!

世界中の美術の中でも、一際光るクオリティを持つ日本美術。その割には未だ価格の安い日本美術。そしてアメリカ人を始め世界中の人達に愛される日本美術。

オークションの結果に関わらず(笑)、その事に変わりはない。