長州の龍人。

昨日から妻と、彼女の実家が在る山口県の萩に来ている。

萩は、東京から飛行機で行くなら、1時間半飛んだ後山口宇部空港に降り、そこから車で1時間半弱、新幹線だと4時間半乗って新山口駅下車、車で1時間強。この町はかなり遠く不便で、そして他の町と同じ様に過疎化の問題が有るらしいが、だからこそ、今でも大自然は萩に悠然と居座り、山の緑と海の青さが、ニューヨークや東京で日々を過ごす者の眼に沁み入る。特に毎回空港から萩市街に行く途中、車窓から眺める山川や田圃は、幼い頃祖母を訪ねて、毎夏休みを過ごした秋田の山中に良く似ており、懐かしさが込み上げる。

妻の実家は、江戸初期から12代続く、毛利藩お抱えの萩焼の窯元で、海を見渡す山裾に在る家は、森に囲まれたモダンな建物だが、当然大きな窯も有る。

さて昨日、「どんどん」と云う旨いうどん屋でお昼を食べ、妻の実家に着き一服した後は、その三輪窯12代目である岳父に連れられ、来月11日に開館する、山口県立萩美術館・浦上記念館・陶芸館の開館記念展で、岳父12代三輪休雪の大回顧展「『龍人伝説』への道」の展示(途中)を観に行った。

新しく建てられた陶芸館は、ミニマルな建築でスッキリとした内装。入ると先ず、巨大なセラミック・インスタレーション「白雲現龍気」が、異様な迫力で迎える。以前「卑弥呼の書」を初めて観た時も、あの決して大柄でない岳父が、こんなに巨大な作品を、しかも焼物で造れる物だ、と感動したものだが、この「白雲現龍気」も、装飾され所々欠け落ちたその赤、黒、白の陶製ボディを、「m」字型にくねらせ尾を跳ね上げた、荒ぶる迫力漲る作品である。

吹き抜けの、照明を押さえた展示室に入ると、反射を極力押さえる最新のガラスを持つ、巨大なショウケースが目の前に現れる。それらの中に、時に静かに佇み、時にはそのガラスを打ち破らん勢いを感じさせる作品群は、岳父の新作シリーズ「龍人伝説」からの連作だ。

ピエタを題材とした「蓮華母」、誕生佛を思わせる「誕生」、絡まる二尾の龍を立体的に表現する「絆」、システィーナの天井画を彷彿とさせる、雲上に浮かぶ龍神と美しい白い手の「愛」等、ローマやルネサンス彫刻、また唐時代の俑をモティーフとした、「具象彫刻陶」とでも呼ぶべき大作揃いである。

しかし、これらの作品群は、信じられないかも知れないが、萩の土を使っている以上、全て「萩焼」なのである。陶芸に於いて、どの様に立体感を出すかをテーマとして来た「龍人」ならではの、そして長州人らしい革新精神に溢れる「挑戦」に見えた。

今年古稀を迎える岳父のエネルギーは衰えず、それは、今回の展示中の作品を見渡しても判る様に、「死」をテーマにした作品よりも「生」や「愛」をテーマにした作品の方が、未だ力強く思えるからである。

そして、最近耳にする「『陶芸』から抜け出し、『現代美術クラスタ』に入りたい」等と云う、自分から枠を作って置きながら、上辺だけ現代美術家と呼ばれたがる若い「陶芸家」達は、この展覧会を見て、己の小ささを思い知るが良い。

云う迄も無いが、これは決して筆者が作家の親族だから云っているのでは無い…この年齢になっても挑戦し続ける作家の姿に、「伝統とは、革新の連続である」と云う真理を観るからだ。
「長州の龍人」が聖母の胸で休める日は、まだまだ先の様である。


陶芸館開館記念I 『「龍人伝説」への道―三輪休雪展』は、本年9月11日から10月24日迄、山口県立萩美術館・浦上記念館 陶芸館にて開催されます。